四つの市と一つの町が、同じ水を別の値段で売っていた
同じ川から取った水が、二十立方メートルで二千七百円の市と、四千百円の町で売られていた。私はその格差を第一回の議題に出した。会議は、そこで四十分止まった。二十五歳、入社二年目の記録。
この話を読む →架空だけど、たぶん実話。コンサルの現場を、入る前に一度だけ覗いておくための、一人称の追体験記。
同じ川から取った水が、二十立方メートルで二千七百円の市と、四千百円の町で売られていた。私はその格差を第一回の議題に出した。会議は、そこで四十分止まった。二十五歳、入社二年目の記録。
この話を読む →名刺はない。評価もない。次の契約があるかどうかだけがある。三千二百人の営業職員の報酬を設計する仕事で、私は自分がいちばん得意なものを売った。四十歳、業務委託三年目の記録。
中盤 支社の丸椅子 月末の請求書工場にいた十年があるから、技術は分かるつもりだった。分かるつもりだったから、指標の定義を聞かなかった。中間報告で技術部長に「それ、前から知ってます」と言われるまで。三十一歳、中途二年目の記録。
中盤 曇った眼鏡 「前から知ってます」二十六院で、同じ処置の値段が三倍違っていた。揃えればいい、と私は最初の週に書いた。待合室に六週間座って、揃えると値上げになる院の待合室の顔を見た。二十六歳、入社三年目の記録。
立ち上がり 待合室のタオル 毛が付いたパンツ社名を一度も声に出さない四ヶ月だった。私は事業計画を保守的に作った。誠実にやったつもりだった。それが買う側の値段を下げる材料になると、最終報告の日まで分かっていなかった。二十九歳、入社七年目の記録。
終盤 鍵のかかる部屋 百株三十四箇所の給油所のうち、どれを閉めるか。私が最初に引いた線は、給油の量で引いた線だった。灯油のポリ缶を持ってみるまで、それが間違っていると分からなかった。三十五歳、時短勤務のマネージャーの記録。
中盤 十八リットルのポリ缶 自転車の前かご四ヶ月で二千六百万円。売った瞬間に私がしたのは、誰を張るかの計算だった。十一隻の船と百四十人の船員と、現場に行かない私の記録。四十八歳、パートナー四年目。
入口 稼働表の空白 売った夜の計算三年続いた契約の最後の半年は、自分の仕事を全部渡す仕事だった。手順書は三百二十ページ書いて、六十八ページに削った。移管が進んだのは、僕が会議に出なくなった月からだった。四十三歳、シニアマネージャー五年目の記録。
終盤 計量所のにおい 版が四十一ある表応募は二・一倍になった。入社も増えた。でも、辞退率はほとんど動かなかった。辞退した学生が書いた一行を、私は最終報告の資料に入れなかった。三十一歳、入社四年目の記録。
終盤 深夜一時の砂利 九年前の合同説明会候補はAからEまでの五人で、僕はその全員より二十三歳以上若かった。評価の設計より先に、僕は年齢と任期の表を作ってしまった。二十八歳、入社五年目の記録。
中盤 施錠された会議室 二十三歳の差制度の話をしていたはずが、家賃と部屋割りの話になっていました。私は同じ国の人を同じ部屋にしない設計にしました。二年目に辞めた二人のうち一人が、その部屋から出ていきました。三十九歳、中途四年目の記録。
中盤 寮の階段 教える側の人数市場に出た製品を回収する仕事だった。僕は回収率を毎日数えて、それを上げる方法を提案した。上げたのは、分子ではなく分母だった。二十五歳、入社二年目の記録。
立ち上がり 保留音 分母をいじった朝本社から見た日本法人は、利益率のいちばん低い一行だった。私はそれを本社の言葉に訳して、通した。通ったあとで減ったのは、訳す前に現場がやっていた仕事だった。三十六歳、マネージャー一年目の記録。
中盤 二十三時の会議 訳す人の罪水が引いたあとの工場で、僕は何が死んだかを数えていた。前の会社では、同じ景色を査定する側に立っていた。工場を移すべきだという案を作りながら、僕はその案が通らないことを知っていた。三十歳、中途一年目の記録。
立ち上がり 泥の匂い 元・査定する側プロクラブの経営を立て直す案件だった。売上の三割が、勝敗という制御できないものに乗っていた。私は、好きだったものに値段をつけて、そのことで少しだけ後ろめたくなった。四十一歳、中途二年目の記録。
終盤 アリーナのコンコース 好きなものへの値付け今度は選ぶ側だった。五社の提案を採点する評価表を作る仕事で、頭を下げられるのは僕のほうだった。去年、同じ立場で負けた提案書のことを、ずっと思い出していた。二十七歳、入社四年目の記録。
序盤 紙コップの並んだ会議室 選ぶ側の居心地人が壊れていく速度を、案件として扱う仕事でした。中間報告で私が出したのは、人員を増やす案ではなく、受ける仕事を減らす案でした。役員は、その一枚で黙りました。三十三歳、シニアコンサルタントの記録。
中盤 産業医面談室 自分の数字だけがない競合三社が同じ部屋に座る案件だった。互いに見せてはいけない数字を、二年目の僕が一人で開いて、混ぜてから返す。二ヶ月、僕は三つの会議室を往復していた。二十四歳、入社二年目の記録。
中盤 三つの会議室 見てしまう役前任のファームが降りたあとに入る案件だった。資料は全部そろっていて、結論も正しかった。正しいのに動いていない理由を探すのが仕事で、僕はその理由の上に座って、速い人に見えていた。三十六歳、マネージャー三年目の記録。
序盤 段ボールの山 借り物の速さ発注したのは株主で、働く場所は投資先だった。百日の計画を作る案件で、私は毎日どちらの側の人間かを試された。数字は出た。社長は最後まで私の名前を呼ばなかった。三十一歳、中途三年目の記録。
序盤 倉庫と試着室 どちら側かという問い買い叩かないための仕組みを作る、という案件だった。相手は取引先ではなく、自社の調達部だった。正しさの側に立つのがいちばん楽だと気づいてから、僕の仕事は少し遅くなった。二十九歳、入社六年目の記録。
中盤 鋳物工場 正しさの居心地の悪さ英語ができると思われている、という理由だけで、海外子会社の案件に入った。日本時間の二十二時に会議をして、依頼した資料は二週間来なかった。現地に行けたのは、八ヶ月のうち一度だけだった。二十五歳、入社二年目の記録。
序盤 深夜の会議室 届かない資料大型案件が延期になって、僕は社内プロジェクトに回された。テーマは、自社のアサインと稼働の仕組みを見直すこと。クライアントは、うちのパートナー十九人。分析の対象は、同僚の稼働だった。三十五歳、マネージャー四年目の記録。
終盤 誰も怒らない会議 自分の名前がある表前職は鉄道会社の運輸部だった。バスも同じだろうと思って入った案件で、最初の三週間はまるごと無駄になった。需要から減便案を作ろうとした私に、営業所長は「先に人の話をしてくれ」と言った。二十八歳、中途二年目の記録。
序盤 四時五十分の目覚まし 使えない前職中堅の製薬会社で、退職金と企業年金の制度を作り直した。説明会は九回。五十七歳の人と二十四歳の人に、同じ資料で同じ話をした。三十九歳の私は、その夜、自分の退職金を同じ式で計算した。シニアマネージャー二年目の記録。
終盤 枯れた声 自分の年齢の行保有特許七千四百十二件を、残すか捨てるかで四つに分ける仕事だった。表計算の行に印をつけていく作業を三週間やって、それから発明者に会いに行った。四十七件目で、僕は手が止まった。二十六歳、入社三年目の記録。
序盤 画面と目の乾き 発明者の顔在宅が定着した会社で、二フロア返す前提のオフィス再編をやりました。出社率の平均は四十二パーセント。その平均で線を引くと、設計部門の人たちの図面台が消えます。中間報告で、役員の意見は三つに割れました。三十歳、入社八年目の記録です。
中盤 巻尺とフロア図 割れた役員会水産加工の会社で、取引先から求められた人権デューデリジェンスをやった。通訳を挟んだ聞き取りは一人あたり四十分で、十七人全員が「問題ありません」と答えた。問題は、この会社の中にはなかった。二十七歳、入社五年目の記録。
中盤 五度の加工場 届かない質問二年間の社費留学から戻って一本目。段ボールの会社で、八十億円の新ライン投資をやるかやらないかを決める案件だった。三年前から止まっている稟議書には、当時の需要予測がそのまま挟まっていた。僕の手も、二年ぶんだけ遅くなっていた。三十二歳、入社六年目の記録。
序盤 コルゲータの騒音 浦島の焦り家事代行のフランチャイズ本部で、ロイヤリティと加盟店支援を作り直す案件。相手は社員でも取引先でもなく、契約で結ばれた二百四十人の事業主だった。前の職場で、僕はこういう人たちに金を貸していた。三十四歳、中途三年目の記録。
中盤 軽ワゴンの助手席 借りのある側運営中のゲームを九本持っている会社で、どれに人を張ってどれを畳むかを決める案件。クライアントはオフィスを持っていなかった。四ヶ月、僕は誰とも直接会わず、自分の部屋の椅子から人の仕事を止める提案を書いた。二十八歳、入社五年目の記録。
序盤 自室の椅子 軽さへの警戒三十年続いた合弁会社をどう終わらせるかという案件。依頼主は合弁会社そのもので、社長と副社長は別々の親会社から来ていた。僕は入社十一年目で、マネージャーへの昇格を二度見送られている。終わらせる仕事だけは、うまくできた。三十四歳の記録。
終盤 親会社二社の応接 停滞認可保育所を四十園やっている会社で、職員の配置とシフトを作り直す案件。四月から妻が海外赴任になり、僕は毎日十八時に上がることになった。現場の余裕を設計する仕事と、自分に余裕がないことが、四ヶ月ずっと同じ場所にあった。三十八歳、マネージャー三年目の記録。
中盤 十六時の保育室 帰る後ろめたさ三年で七人が定年を迎える鋳造の工場で、技能をどう残すかという案件。十四年間、工業高校で教えていた私が入りました。教えるのは得意なつもりでした。教えられないものが、そこにありました。四十歳、中途一年目の記録。
終盤 砂と火の工場 手放せなさ取締役会がちゃんと機能しているかを外から評価する案件。相手は全員、私より二十以上年上の役員だった。現場には一度も行かなかった。前職で八年、人の話を聞いて記事にしていた私が、誰も本音を言わない部屋に座った四ヶ月の記録。三十四歳、中途二年目。
中盤 役員応接の革張り椅子 聞けなさ前の案件で一緒だった人が、転職先から僕を名指しで呼んだ。理由は「議事録が速かったから」だった。ゴルフ場を四つ持つ会社の、会員の平均年齢は六十八歳。案件の途中で、僕を呼んだ人はいなくなった。二十六歳、入社四年目の記録。
序盤 早朝のコース 拍子抜け映像制作会社の制作費が見えない。前職で原価計算をやっていた僕は、標準工数を出そうとして、演出の人に「それやると、うちの絵は死にます」と言われた。効いたのは、まったく別のことだった。二十八歳、中途一年目の記録。
序盤 深夜のスタジオ 場違いさ百貨店の顧客対応方針をつくる案件。どこまでが接客で、どこからが我慢なのか。その線を、売り場に立ったことのない私が引くことになった。ベテランの販売員は、線を引かれることを嫌がった。三十七歳、マネージャー二年目の記録。
中盤 一階の化粧品フロア 抑えた怒り葬儀社の理念をつくる仕事。私たちは四十人に話を聞き、言葉を集め、最後に二十七文字を選びました。社長は泣きました。半年後、その言葉は現場のどこにもありませんでした。三十五歳、入社九年目の記録。
終盤 式場の控室 手応えのなさ分析受託ラボの残業を減らす案件。私は装置の待ち時間を疑い、現場は納期を疑い、技術員は自分の生活費を疑った。減らす提案は、誰かの手取りを減らす提案でもある。三十歳、入社七年目の記録。
中盤 深夜の試験室 後ろめたさ前の案件が終わって、二週間、誰からも声がかからなかった。ようやく来たのは、三週間で終わる調査案件。誰も見ていない仕事に、自分で値段をつける方法が、僕にはわからなかった。二十五歳、入社二年目の記録。
序盤 待機とデスクトップ調査 手持ち無沙汰店舗142の調剤薬局チェーンが上場を目指す。私がやったのは、創業から三十二年ぶんの見て見ぬふりを、一覧表にして本人に見せることだった。正しい整理が、いちばん人を黙らせた。三十三歳、中途二年目の記録。
序盤 経理部の会議室 気まずさ人口八万二千人の市の公共施設を、二十年で三割減らす計画。私はその市で生まれ育った。住民説明会の三回目は、実家のある地区だった。統合対象の一覧に、自分の通った小学校が入っていた。三十六歳、マネージャー六年目の記録。
終盤 公民館のパイプ椅子 名乗れなさ同じ青果卸に一年半常駐している。三度目の延長で新しいメンバーが二人来て、説明する側になった。市場のセリはもう五十回以上見ている。品目の旬も、誰と誰が仲が悪いかも知っている。それが強みなのか、そうでないのかが分からない。二十六歳、入社三年目の記録。
序盤 朝四時の市場 同化創業百四年の繊維メーカーを持株会社に組み替える。私がやっていたのは、機能をどの箱に置くかという整理だった。相手はそれを、人の話として読んでいた。読み方が違うのではなく、私の読み方が足りなかった。三十八歳、中途三年目の記録。
中盤 役員会議室 線を引く手つき警備会社の隊員の定着。前年の意識調査の自由記述を全部読んで分類する、というのが一年目の僕の仕事だった。三日目から速くなって、五日目には読んでいなかった。そこで作った二十三個の箱は、翌年もそのまま使われている。二十三歳、入社一年目の記録。
中盤 朝五時の詰所 数えることへの疑い退職を伝えたあとに入った最後の案件。自動車販売会社の整備事業の立て直し。二ヶ月で抜けると決まっているのに、車検の案内DMを何日前に出すかという話に、私は本気になってしまった。三十二歳、入社七年目、最終出社の六月三十日までの記録。
入口 サービス工場のリフト 半分他人事大手ファームの下に入る二次請け。議事録も報告書も、僕たちの名前では出ない。全体の削減効果に重複を見つけて、元請けのマネージャーに伝えた。三日後、直さないと決まった。僕はそれ以上言わなかった。三十四歳、中途五年目の記録。
終盤 隣の会議室 共犯電子部品メーカーの一事業を切り出して売る。共通費の配りかたを変えるだけで、その事業は営業利益率2.1%にも、マイナス0.4%にもなった。数字については正しいことを言えた。人については、何も上手くやれなかった。マネージャー一年目、初めて二人を持った記録。
中盤 売り手側の役員会 巻き取り三年で六十店を出す計画の再設計。一千百八十地点を絞って、三十四地点まで残したところで、プロジェクトは一時中断になった。中断はそのまま解除にならなかった。止まると聞いたとき、私は少しほっとした。そのことをずっと考えている。三十三歳、シニアコンサルタントの記録。
終盤 開かれなかった報告会 空白化粧品メーカーのグローバル共通KPI。欧州のオフィスが主導して、日本チームは日本のデータを出す係だった。百貨店の売場に立つ美容部員を、どのチャネルに数えるのか。私はそれを説明しすぎて、二回失敗した。二十七歳、入社四年目の記録。
中盤 二十三時の会議 末端の屈辱個別指導塾チェーンに、二度目の登板で入った。三年前、入社三年目の私は講師一人あたりの担当生徒数を一・五から二・二へ上げる案を書いた。実行された。講師の離職率は四十二パーセントから五十八パーセントになっていた。二十九歳、入社六年目の記録。
入口 三年前のフォルダ 赦しきれなさ定食チェーンのメニュー改定に五十パーセント、保険の案件に五十パーセント。二本目の締切に押されて、僕は八店舗まわるはずの店舗ヒアリングを二店舗で切り上げた。その二店舗が、たまたま例外的な店だった。入社二年目、掛け持ちの記録。
中盤 定食屋の厨房 分裂グループ十一社の経理・人事・総務を一つに集める案件。誰も自分の仕事を説明できないところから始まった。同じ時期に母が転倒して、私は平日の昼に何度も会議室を出た。集約される側の五十五歳と、自分を切り離して考えられなかった。四十二歳、マネージャー三年目の記録。
序盤 十一社の棚卸し 重なる時間人材紹介会社のマッチング改善。私は正解ラベルを内定承諾に置いて、精度を十四ポイント上げた。三ヶ月後、そのモデルが学習していたのは、押しの強いアドバイザーの癖だと分かった。数字は合っていて、意味が違った。入社三年目、理系修士卒の記録。
中盤 データの正解ラベル 正しさの空回り基幹システムが止まった建材商社に、月曜の朝から入った。受注も在庫も出荷も見えない。復旧本部で僕がやったのは、電話とファクスと三枚綴りの伝票で商売を回す段取りだった。役に立っている実感が、少し気持ちよかった。それがずっと引っかかっている。入社五年目の記録。
入口 復旧本部 高揚と後ろめたさ二十三年勤めた会社で購買部長までやって、四十四歳でコンサルに移った。一年目の私は、スライドが一枚も通らない。部品四千百点の供給リスクを洗う案件で、前職の経験がどこで効いてどこで邪魔になるかを、毎日確かめている。
序盤 購買部の応接室 老いた新人六十万件の顧客の採算を引き直す案件。同期と二人で分担していた分析を、十一月の月曜から私が全部やることになった。最終報告は間に合った。間に合わせたことを、いまも手放しでは喜べていない。入社四年目の記録。
終盤 誰もいない席 罪悪感地方紙の構造改革。固定費を十八億円落とすには、人件費に手をつけるしかなかった。百二十人という数字を最初に口に出したのは私だ。シニアマネージャーになって一本目の案件で、恨まれ役を引き受けるということの意味を知った記録。
中盤 経営会議室 恨まれ役数字で説明できないものが嫌になって広告をやめた。コンサルに移って二年目、最初に名指しで呼ばれたのは「ブランドの案件」だった。売上の一割を一本のボールペンが稼ぐ文具メーカーで、私はまた同じ場所に立っていた。
入口 文具売場 逃げた先で同じ壁信用金庫のマネーロンダリング対策。誰も褒めず、うまくいっても何も起きない。成果が「何も起きなかったこと」である仕事に、二年目で放り込まれた。地下の書庫と蛍光灯と、閾値をめぐる五ヶ月の記録。
序盤 地下の書庫 報われなさ基幹システムの刷新。標準機能に業務を寄せるはずが、現場からの追加開発要望は二百四十七本あった。原則論で切りにいって総スカンを食らい、やり方を変えた。四十八回の会議で数を減らしつづけた入社五年目の記録。
中盤 要件定義の会議室 数の暴力温泉旅館を八館持つ会社の再生計画。畳んだほうがいい四館は、三週目には分かっていた。分かってから会議室でそれを口に出すまでに、二ヶ月かかった。畳む仕事に慣れてきた自分を、少し怖いと思っているマネージャー五年目の記録。
中盤 債権者会議 慣れの怖さ六百品目の受託製造で、どの製品が儲かっているか分からない会社。原価計算をやり直すために、私は一人でそこに常駐した。マネージャーは週に一度しか来ない。レビューがないというのは、こういうことだった。
入口 経理部の島 一人アサイン拠点を十四から九へ。配送網の再編は数字の上できれいに解けた。本丸が荷主の納品時刻にあることを分かっていて、私はそこをスコープから外した。売上責任を持つ側の、四ヶ月の記録。
終盤 深夜の物流センター 背負うもの四十八店ある書店チェーンの、二十三店を閉める案を書いた。通ったのは十一店だった。中途半端がいちばん悪い、と主張して負けた。二年後、私の負け方は私が思っていたのと違う場所にあったと分かった。
終盤 郊外のロードサイド 遅れて来る後悔従業員94人のSaaS企業に、解約率の改善で入った。分析は向こうのアナリストが一日で出す。意思決定は僕が資料を作る前に終わっている。三年目の僕が、自分の存在意義を探して空回りした立ち上がりの記録。
序盤 ソファのあるオフィス 速度負け惣菜工場の生産性改善。前職は生産技術だったから、ラインの読み方は分かっていた。分かっていなかったのは、この工場に守られる人と守られない人がいることだった。中途四年目の中間報告の記録。
中盤 五度の惣菜ライン 冷たい床定員が埋まらない私立大学の学部再編。博士課程を四年で中退して入社した一年目の私が、畳む側の資料を書くことになった。数字は正しく出た。そのぶん、自分が捨てた道の輪郭がはっきりした。
中盤 研究棟の三階 未練品質不正が出た工場で、再発防止の仕組みを作る。原因は個人ではなく構造だった――そう報告したとき、役員が安堵した顔をした。その顔が、いまも消えない。マネージャー二年目の記録。
入口 工場の会議室 居心地の悪さ同業から移って一年目。型は持っている、作法も知っている、スライドも速い。それなのに、商社の投資先管理の案件で、僕は三ヶ月間ずっと的を外していた。転職の履歴書に書けない種類の失敗の記録。
中盤 商社の会議室 剥がれるプライド九ヶ月休んで戻った。最初のアサインは地方銀行の法人営業の生産性向上。宣言した稼働の上限を、私は三ヶ月目に自分から破りかけた。戻ってきた人間が、戻ってきたことを証明したくなる仕組みの記録。
入口 復職 揺れ創業81年の建設会社。専務である長男に事業を引き継がせるための経営体制づくり。四ヶ月かけて作った移行案は、七十九歳の会長の一言で宙に浮いた。地銀から転職して二年目の記録。
終盤 同族企業 蚊帳の外研究開発テーマの棚卸し。34あるテーマを評価軸に載せ、投資を集中させる。理屈は単純で、実際にやることは、二十年やってきた研究者の前で「これは止めます」と言うことだった。シニアマネージャー三年目の記録。
中盤 研究所の会議室 判断の重さ人口24万人の市の窓口業務改革。民間なら二週間で決まることが、庁内では二ヶ月かかった。それでも年度末だけは絶対に動かない。入社二年目が、議会と年度と要綱に殴られながら立ち上がりを過ごした記録。
序盤 市役所の一階 空回り在庫を三割減らす、という依頼。統計の教科書どおりに需要のばらつきを測ればいい仕事のはずだった。だがマスタには存在しない品番が2,000あり、同じ商品が三つの名前で登録されていた。昇進を一度降りた入社十年目の記録。
中盤 データの泥 職人の意地三週間かけた提案書は、印刷会社のコンペで落ちた。チャージできない三週間と、最後に一語だけ削られた提案。半年後、同じ会社の経営企画部長から個人の携帯に電話がかかってくるまでの記録。
入口 提案とコンペ 悔しさ88席のコールセンター改革。店舗のエリアマネージャーから転職した僕は、現場の言葉が分かることを強みだと思っていた。ヒアリングは順調で、そして何も進んでいなかった。中途3年目の立ち上がりの記録。
序盤 コールセンター 現場出身の罠3,800品番の価格改定。分析は正しく、平均7.2%の値上げは通り、効果は年3.6億円出た。数字の上では完勝だった。半年後に離れていった1社のことを、それでもまだ考えている。入社3年目の記録。
終盤 価格改定 勝ったのに412床の地域中核病院の経営改善。綺麗に出た数字に飛びついた初期仮説を、看護部長の一言が根元から壊した。もう自分では手を動かせなくなったマネージャー4年目が、その壊れ方を見ていた記録。
中盤 医療現場 管理職の無力東南アジアへの市場参入。42度の厨房で機械を触り、合弁こそ正解だと確信して帰ってきた。だが空調の効いた本社の会議室で、その確信は7分で否決された。昇進を二度見送られた9年目の記録。
中盤 海外出張 焦り二週間のアベイラブルの末に配属されたのは、誰もやったことのないScope3の算定だった。取引先142社にExcelを送り、返ってきたのは31社。意味の分からない仕事に、意味を探しつづけた入社1年目の記録。
序盤 脱炭素 意味の在処買収前のビジネスDD。開示された1,842ファイルを読み込んでも、事業計画の本当の前提は出てこなかった。それは人の名前だった。初めてモジュールを任された28歳の、論点設計から最終報告、そして一年後までの記録。
中盤 デューデリ 時間圧ジョブ型への移行。制度は正しく設計できたと思う。ただ、年収が下がる43人の名簿の3行目に、いちばん協力してくれた人の名前があった。人事制度改革PJの、立ち上がりから説明会、そして一年後までの記録。
終盤 制度説明会 加害の手触りクライアントの抵抗勢力は、いちばん大きな声で反対する人ではない。中間報告で堂々と噛みついてきた部長を攻略したと思った翌週、PJは静かに止まった。止めたのは、あの会議で一言も喋らなかった課長だった。読み違えてから立て直し、最終的に営業改革が現場に根づくまでの記録。
中盤〜決着 中間報告 誤読と修復家賃を払う部屋には週末しか帰らない。平日はビジネスホテル。貯金だけが増えていく。健康診断の再検査の封筒は、開けないまま出張バッグの内ポケットにあった。三ヶ月の常駐PJの立ち上がりから終わり、そして封筒を開けた日までの記録。
立ち上がり〜終盤 常駐生活 消耗業務改革のPJ。最終報告は拍手で終わり、マネージャー初仕事は成功と評価された。でも報告のあと現場に行くと、以前あった雑談が消えていた。立ち上がりの二週間から、線引きで揉めた中盤、最終報告、そして半年後に僕が知ったことまで。成功したPJが残した、一つの静けさの話。
立ち上がり〜その後 最終報告 割り切れなさ対等合併のはずだった。制度も、システムも、組織図も、机上ではもう一つになっていた。でも現場には給湯室が二つあって、どちらのポットを使うかで人はまだ戦っていた。PMIが燃えた三週間から、統合が一応の決着を見るまで、そして一年後までの記録。
山場〜その後 統合の現場 板挟みコスト削減PJで、僕は入社4ヶ月にして完璧なイシューツリーを描いた。褒められた。そのツリーは購買課長への一回のインタビューで根本から崩れた。仮説が崩れてから、倉庫に通った3週間、数字が詰まっていく中間報告、そして半年後の現場までの記録。
中盤〜決着 仮説と手戻り 現場の重さ事業会社から中途で入って一年。製造業のDX戦略PJで、僕は「事実」なら誰よりも詳しいのに、「示唆」が一行も書けなかった。前職の強みが通用しなかった立ち上がりから、現場が新ツールを使わない壁を越え、PJが最後にどう着地したかまでの記録。
序盤〜決着 DX戦略 劣等感と再起金曜の夜にアサインの連絡。名前も知らなかった業界を、月曜までに「元から興味がありました」の顔で語れるようにする。そこから始まった新規事業PJの、立ち上がりから最終報告、そして半年後の後日談までの記録。
序盤〜決着 新規事業 予感と徒労中期経営計画のPJ、報告3日前。スポンサー役員の交代で、47枚のスライドが夜の底に沈んだ。それでも僕は「粘れば通る」と思っていた。
中盤 役員報告 悔しさ基幹システム刷新、遅延4ヶ月。PMOとして追加投入された僕の初週は、議事録も課題管理表もない会議室から始まった。
序盤 常駐 混乱同じ現場に立ったとき、どう動くタイプか。16問で当たりをつけられます。