体験記 No. 05

イシューツリーが綺麗に描けたときは、だいたい現場を知らない

案件部品商社・調達コスト削減
話の中心仮説構築
語り手早瀬 / 24歳・入社1年目
読了約8分 · 5,200字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
枝が綺麗すぎた倉庫が本当の論点だった朝7時の入荷

完璧なイシューツリーを描いて、褒められた。その翌日、購買課長の一言でツリーは根元から折れた――早瀬が、仮説の崩壊から倉庫の朝、数字の決着、半年後の現場までを綴った記録。

入社1年目の6月、僕は人生でいちばん綺麗なイシューツリーを描いた。

案件は、創業40年の部品商社の調達コスト削減。年間の仕入れ額をどう下げるか、という、コンサルの練習問題みたいにお題のはっきりしたPJだった。早瀬です、まだ何もできません、という顔で現場に入って2週間、僕はExcelとにらめっこして、調達コストを分解し続けた。

会社は駅から歩いて12分、古い5階建ての本社ビルで、僕らはその3階の会議室を一室借りていた。壁が薄くて、隣の経理部の電話の音がよく聞こえた。僕はそこに毎朝いちばんに入って、前の日に作ったツリーを見返しては、枝を一本増やしたり、名前を付け替えたりしていた。調達コストという言葉を、どこまでも細かく割っていく作業は、正直に言えば気持ちがよかった。世界が、割り切れる形になっていく感触があった。

「調達コストが高い」を頂点に置いて、価格要因と数量要因に割って、価格要因をさらに単価と為替と発注ロットに割って、数量要因を需要変動と在庫方針と欠品リスクに割って……気づいたら、枝が16本になった。MECEに、綺麗に、重なりも漏れもなく割れていた。色まで塗った。第2階層を薄い青、第3階層を薄い緑にして、いちばん下に仮説を一行ずつ添えた。マネージャーの黒木さんに見せたら、少しの間じっとそれを眺めて、「1年目でこれ描けるのは上等。筋がいい」と言ってくれた。僕はその夜、少し浮かれて、コンビニで買ったビールを1本多く飲んだ。缶を開けながら、自分が思っていたよりこの仕事に向いているのかもしれない、と考えた。今思うと、その慢心のぶんだけ、翌日の転びしろは深かった。

仮説が、根元から折れる

問題は翌日に起きた。黒木さんが「じゃあこのツリー、明日の購買課長へのインタビューで当ててみよう」と言った。僕は自分の16本の枝を、A3で2枚に印刷して、意気揚々と会議室に入った。相手は、この会社で27年、購買一筋でやってきた課長だった。名刺を出す手が少し節くれだっていて、机の上でボールペンを回す癖があった。

僕がツリーを説明し終えると、課長はしばらく黙って、印刷した紙を裏返したり戻したりして、それから一言だけ言った。「で、これのどこで、うちの誰が困ってるの?」

僕は答えられなかった。僕のツリーには、コストの分解はあった。でも、そのコストが誰の手で、どんな事情で発生しているかが、一行も入っていなかった。課長は続けた。「発注ロットを下げれば単価は上がる。それは分かってる。20年前から分かってる。でもロットを下げられないのは、うちの物流センターが小口の入荷を捌けないからだよ。倉庫の話をしないで単価の話をされても、うちは動けない。あんたのその紙、綺麗だけどね、うちの倉庫の朝を一回でも見た人間が書いた紙じゃないよね」

16本の枝が、音を立てて根元から折れた気がした。僕はコストを「構造」として綺麗に割った。でも現場では、コストは「倉庫のキャパ」や「27年やってきた担当者の勘」や「値上げを言い出せない取引先との関係」みたいな、割り切れないものと絡み合って存在していた。僕のツリーは、そのぜんぶを、綺麗に消していた。割り切れるように見えたのは、割り切れないものを、最初から視界の外に置いていたからだった。

会議室を出て、給湯室で黒木さんに「すみません、全然ダメでした」と言った。声が少しかすれた。黒木さんは怒らなかった。むしろ少し嬉しそうに、紙コップにインスタントの味噌汁を注ぎながら、「いい失敗したね」と言った。「早瀬のツリー、昨日の時点では100点だったんだよ。ただ、あれは”機上のツリー”。現場に一回当てると、たいてい根が2本折れて、代わりに知らない枝が3本生えてくる。その生え直したやつが、本物のイシューツリーなんだ。今日の課長の一言、A4に書いて筆箱に入れときな。3年は効くから」

描き直し ―― 倉庫が、いちばん太い枝になる

僕はその日から、ツリーを描き直した。今度は、枝の一本ずつに「これで困ってるのは誰か」を書き添えた。物流センターの入荷能力という、昨日は存在すらしなかった論点が、いちばん太い枝になった。単価の枝は、細くなって、下のほうに移った。綺麗ではなくなった。矢印が斜めに走って、途中で消しゴムの跡が残って、色も塗れなかった。でも黒木さんは「昨日のより、ずっといい」と言った。「昨日のは額に入る絵。今日のは、使える地図だ」

そこから3週間、僕は倉庫に通った。本社から車で25分、県道沿いの、外壁が少し錆びた平屋の物流センターだった。入荷のトラックが着く朝7時に立ち会うために、僕は5時半に起きて、始発に近い電車に乗った。眠くて、駅のホームで缶コーヒーを2本飲む日が続いた。

最初の朝、僕はただ邪魔にならない隅に立って、荷受けの様子を見ていた。7時ちょうどに大型のトラックが2台着いて、パレットが次々に下ろされていく。フォークリフトは2台しかなくて、1台の爪の調子が悪いらしく、ときどき止まっていた。大口の荷物が優先で、小口の――僕らが「ロットを下げれば」と机の上で言っていた、まさにその小口の荷物は、通路の脇に一度積まれて、後回しにされていた。「これ、いつ棚に入るんですか」と聞いたら、ベテランの作業員さんが「昼、いや、繁忙期は夕方だな」と言って、腰を片手で押さえながら伸びをした。あとで聞いたら、その人は倉庫歴18年で、去年ヘルニアをやって、重いものは若い子に頼むようになったのだと言った。

データでは「入荷能力の不足」と一行で書くところに、現実には、フォークリフトの台数と、その人の腰と、繁忙期に入るパートさんの確保という、三つの生々しい制約があった。パートさんの件は、現場の主任さんが教えてくれた。「11月から2月は、この辺のパートさん、みんな別のとこ行っちゃうんだよ。時給30円の差で。だからうちは冬に人が足りない。ロット下げて入荷回数増やされたら、冬は倉庫が死ぬ」。僕はそのどれも、最初のツリーでは「単価」の下に、あるいはどこにも、埋もれさせていた。

通ううちに、倉庫の人たちは僕に少しずつ話すようになった。2週目には、主任さんが休憩室で缶のお茶を一本くれて、「あんた、コンサルってやつだろ。前にも来たよ、そういうの。半年でパッといなくなった」と言った。含みのある言い方だった。前に入ったコンサルは、倉庫まで来なかったらしい。「本社の会議室で綺麗な絵だけ描いて、現場は数字の行になってた」。僕は、自分の最初の16本の枝を思い出して、何も言えなかった。主任さんが警戒していたのは、たぶん僕個人ではなく、「現場を行に変える人間」という種類だった。それでもお茶をくれたのは、朝7時に立っている若いのが、少なくとも同じ寒さの中にはいたからかもしれない。

3週目のある朝、僕は自分でも小口のパレットを一つ運ぼうとして、作業員さんに「素人は爪の下に入るな、危ないから」と本気で叱られた。手伝ったつもりが、段取りを一つ止めていた。倉庫の中では、僕はコストを下げに来た人間ではなく、朝の忙しい時間に立っている、よく分からない若いスーツだった。その居心地の悪さは、たぶん覚えておくべきものだった。机に戻ると、ツリーの「倉庫」の枝の下に、フォークリフトの爪、腰、冬のパート、主任の含み、と、割り切れない四行が並んでいた。四行のうち、数字に翻訳できたのは二つだけだった。残りの二つを、僕は資料に載せられなかった。載せられないものが現場にはあるということも、そのとき初めて分かった。

中間報告と、数字の詰め

中間報告で、僕らは「単価交渉より先に、倉庫の受け入れ能力を上げる方が、結果的に調達コストが下がる」という、一見遠回りの筋を出した。役員は最初、渋い顔をした。専務が腕を組んで、「コスト削減のPJで、倉庫に金をかける話をされるとは思わなかった」と言った。当然の反応だ。金をかける話は、コストを下げる話の、真逆に見える。

黒木さんは、僕が3週間かけて拾った現場の制約を、一つずつ数字に翻訳して見せた。フォークリフトを1台増やすと、朝の小口の滞留が平均どれだけ縮むか。滞留が縮めば、発注ロットをどこまで下げられるか。ロットが下がれば、過剰在庫が何割減るか。在庫が減れば、保管コストと、期限切れの廃棄が、年間いくら減るか。単価だけを見ていたら絶対に出てこない、二次三次の効果だった。

僕はその会議のために、倉庫で数えた数字を全部持っていた。7時から11時までに実際に滞留した小口パレットの枚数を、3週間ぶん、日ごとに数えていた。平均で朝あたり34枚、繁忙期の想定だと50枚を超える。黒木さんは「早瀬が現場で拾った実数だ」と言って、僕の手書きの表をそのまま資料の隅に貼った。丸めた推計ではなく、誰かが朝に立って数えた数字だ、というのが、会議室の空気を少しだけ変えた。専務が、2つ目の質問――「在庫が減ると廃棄はどのくらい減るのか」――のところで、初めて資料を指でなぞった。僕は、その指の動きを、忘れないようにと思って見ていた。数字は、丸めるほど反論され、生々しいほど信じられる、というのを、そのとき身体で覚えた。

ただ、僕らの筋も、完全に正しかったわけではない。フォークリフトを増やす費用の回収に何年かかるかを問われて、僕は最初、在庫削減の効果だけで2年、と答えた。楽観的すぎた。冬のパート不足を織り込むと、繁忙期は結局さばききれず、効果は年間を通してならされて、回収はもう1年延びる。会議のあと黒木さんに「あそこ、盛ったつもりはなくても、都合のいい前提を選んでたよね」と静かに言われた。その通りだった。僕は自分のツリーが正しいと信じたいあまり、冬の3ヶ月を、無意識に軽く見積もっていた。倉庫であれだけ「冬が死ぬ」と聞いておきながら。

最終報告

最終的に、僕らが出した削減額は、当初クライアントが期待していた「単価○%ダウン」の絵よりは地味だった。フォークリフトの更新と、冬のパートを確保するための多少の待遇改善という、投資を先に伴う話でもあった。でも、単発の値切りではなく、翌年も再来年も効き続ける構造の話だった。単価を一度叩いても、来年また同じ交渉を一からやることになる。倉庫が捌けるようになれば、それは会社に残る。黒木さんは「一発の花火より、燃え続ける薪の方が、たいてい価値がある」と言った。うまいことを言うな、と思った。

報告会の最後に、あの購買課長が来ていた。廊下ですれ違ったとき、課長は「倉庫、見に行ったんだってね」と言って、少しだけ笑った。「あの朝の紙より、今日の紙のほうが、うちの誰が困ってるか書いてあったよ」。褒められたのか、それとも当たり前のことをやっと分かったなと言われたのか、僕には判別がつかなかった。たぶん両方だった。

後記 ―― 半年後の倉庫で

半年後、僕は別件の帰りに、その部品商社の倉庫の前を通った。冬だった。あの県道は、記憶より寒かった。中までは入れなかったけれど、駐車場に、前はなかった小型の入荷用レーンが1本増えていて、フォークリフトが1台、新しそうなのが停まっていた。あの朝7時に立ち会った、爪の取り合いが、少しは減っているのかもしれない。

でも、レーンの脇で荷物を運んでいたのは、僕の知らない若い作業員さんだった。あの腰の作業員さんの姿は、見えなかった。冬だから休みなのかもしれないし、別の理由なのかもしれない。僕の見ていないところで、別の誰かの段取りが一つ消えているのかもしれない。コスト削減は、たいてい、どこかの誰かの「これまでのやり方」を一つ畳む。効率が上がるということは、たぶん、誰かの手数が一つ要らなくなるということでもある。僕はその畳まれる側の顔を、あの3週間で少しだけ見た。見たからといって、何かを止められたわけではない。数字を出して、構造を良くして、たぶんそれは正しかった。正しかったことと、割り切れることは、別だった。

イシューツリーの描き方は、研修で習った。でも、綺麗なツリーほど疑え、というのは、購買課長の一言と、倉庫の朝の冷たさで、身体で覚えた。「で、うちの誰が困ってるの」。あの一言は、たぶん僕がこの仕事を続けるかぎり、何回も食らう。今は、新しい現場に入るとき、ツリーを持っていくのが少しだけ怖い。その怖さは、たぶん正しい。綺麗に割れて満足した瞬間が、いちばん危ない。それを、24歳の6月に、倉庫の朝で教わった。缶コーヒーを2本飲んでも眠かった、あの5時半の起床とセットで、たぶんこれから何度も思い出す。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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