体験記 No. 03

土曜のドトールで、知らない業界を好きになる練習をした

案件住宅設備メーカー・新規事業開発
話の中心アサイン
語り手桑原 果林 / 25歳・入社2年目
読了約9分 · 5,700字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
キックオフまで66時間立ち消えの新規事業を1本立てる

金曜21時のメッセージ一本で、週末が消えた。名前も知らなかった業界を月曜までに「好き」になる――桑原が、新規事業PJの入口からその後までを綴った記録。

金曜の21時4分、風呂上がりに髪を乾かしていたら、マネージャーの東さんからチャットが来た。「来週から新規事業のPJ入れる? 月曜キックオフ」。疑問符はついているけれど、これは質問ではない。うちの会社で、金曜の夜に来る「入れる?」に「入れません」と答えた人を、私は見たことがない。

桑原です、と名乗るのもまだ慣れない、入社2年目。前のPJが水曜に終わって、木金は資料の片付けと有休の相談をしていた。温泉に行こうと思っていた。箱根の、素泊まりで1万1千円の宿を、履歴のタブに開いたままにしていた。ドライヤーを止めて、「大丈夫です」と打った。既読がついて、資料一式のリンクが送られてきた。フォルダの名前は、聞いたこともないメーカーの、聞いたこともない事業領域だった。タブは、そっと閉じた。予約は、していなかった。していなくてよかった、と思う自分が少し嫌だった。

アサインの週末

案件は、創業54年の住宅設備メーカーが、既存事業の先細りを見越して「新しい柱を1本立てたい」という話だった。何の柱かはまだ決まっていない。決まっていないことを決めるのが、私たちの仕事らしい。

土曜の朝、私は駅前のドトールに9時40分にいた。アイスカフェラテのMサイズ、390円。家で読むと寝てしまうから、少しうるさいくらいの場所がいい。隣の席では、参考書を広げた高校生が、こっちは受験なんですけどという顔で消しゴムを使っていた。私はノートPCを開いて、まず業界地図をダウンロードして、専門用語を片っ端から検索した。給湯器、エコキュート、熱交換効率、施主、元請け、下請け。昼を過ぎるころには、私のスマホの検索履歴は、金曜まで一度も打ったことのない単語で埋まっていた。ラテはとっくに空で、氷だけが溶けて、底に薄い水がたまっていた。

新規事業のPJで最初に来るのは、たいてい「なぜこの会社が、いま、これをやるのか」を、社長よりもそれっぽく語れるようにしておけ、という無言の要求だ。月曜のキックオフで、先方の役員が「御社は当社をどう見ていますか」と振ってくることがある。そのとき東さんが答える。でも、その隣で私が「初耳です」という顔をしていたら、チーム全体の見え方が下がる。だから知らない業界を、48時間で「元から関心がありました」の温度まで持っていく。

これは嘘の練習に似ている。でも、やっているうちに、少しだけ本当に興味が出てくるのが不思議だった。給湯器の熱交換効率の話を、私は土曜の15時に、わりと本気で面白いと思っていた。ヒートポンプがどうやって外気の熱をかき集めるのか、その仕組みを図で理解できたとき、私は小さく「へえ」と声に出していて、隣の高校生がちらっとこっちを見た。恥ずかしかったけれど、こういう瞬間のために、私はこの仕事を選んだのかもしれない、とも思った。思ってから、いや、選んだ理由はもっと打算的だったな、と打ち消した。

夜、資料の残りを読んだ。過去に一度、この会社は別のファームと新規事業をやって、途中で立ち消えになっていた。その資料も混じっていた。表紙に「Ver.7」とあって、7回も直したんだな、と思った。誰かが2年前に、私と同じように週末を潰して作ったであろうページを見ながら、これが立ち消えにならない保証はどこにもないな、と思った。思ったけれど、眠かった。日曜の夜、東さんに「月曜、こういう仮説の枠で入ろうと思うんですけど」とA4一枚のメモを送ったら、23時過ぎに「筋いいね。ただ月曜は”当てにいかない”で。最初の1週間は聞く方が勝ち」と返ってきた。48時間かけて当てにいく準備をしてきた私は、少しほっとして、少し悔しかった。準備したものは、たいてい使わない。使わないために準備する、という感覚が、まだうまく飲み込めない。

立ち上がりの三週間

月曜のキックオフは、拍子抜けするほど穏やかだった。10時開始のはずが、先方の会議室のプロジェクターが映らず、実際に始まったのは10時12分だった。先方は社長直轄の新規事業推進室、といっても専任は室長ひとりで、あとは各部署からの兼任が4人。みんな本業を抱えていて、この会議は「6番目の仕事」くらいの温度だった。役員は「御社をどう見ているか」を振ってこなかった。48時間かけて用意した答えは、私の中で行き場をなくした。代わりに、開始5分で室長が「うちに新規事業なんてできるんですかね」と、いちばん聞きたくない本音を先に言った。会議室が一瞬、静かになった。東さんは笑って「だからこそ、ですよ」と受けた。私はノートに、その一往復だけを書き取った。

立ち上がりの三週間で私がやったのは、ほとんど「聞くこと」だった。既存事業の営業に同行して、工務店を回った。住宅設備は、施主ではなく工務店経由で決まる。その現場の力学を、私は資料では分かっていたつもりで、全然分かっていなかった。最初に行った工務店は、社員7人の、事務所に犬がいる会社だった。応接のソファには、営業さんが置いていったらしいカタログが山積みで、うちのクライアントのものは、いちばん下だった。

三軒目の工務店の社長が言った一言を、私はいちばん長く覚えている。私が新しいサービスの話を切り出す前に、その人は「新しいもんは、壊れたときに誰が飛んでくるかで選ぶ」と言った。ちょうど昼どきで、社長はカップ麺のふたを開けながら、こっちを見もせずに言った。私はノートに赤で囲った。新規事業のアイデアより、その一言の方が、たぶん本質だった。営業さんは慣れた様子で「そうなんですよねえ」と流していたけれど、私はしばらく、その言葉から目が離せなかった。

現場を回るほど、資料の中の「顧客」が、顔と体温を持ちはじめた。ある工務店では、施主から夜11時に「お湯が出ない」と電話が来て、社長本人が軽トラで駆けつけた話を聞いた。「メーカーのコールセンターは翌朝9時までつながらんからね」と、その人は笑っていた。その笑いの中に、たぶん商売のいちばん柔らかいところがあった。

生活は、想像どおり削られた。家賃8万2千円の1Kには、平日は寝に帰るだけ。自炊はやめた。冷蔵庫には、コンビニで買った野菜ジュースが、飲まれないまま4本並んでいた。大学の友達のランチの誘いは、また断った。「今度こそ」と送って、その「今度」がいつ来るのか、自分でも分かっていなかった。断りながら、まだ何の成果も出ていないのに週末が消えていく自分に、少しだけ嫌気がさした。深夜のコンビニで肉まんを買うと、レジ横の湯気が、やけに優しく見えた。でも、工務店の現場は面白かった。面白い、と思えているうちは、たぶん大丈夫だと自分に言い聞かせた。

山場:アイデアが、通らない

三週間の「聞く」を経て、私たちは事業案を3つに絞った。会議室のホワイトボードに、3つの案の名前が並んだとき、私はその一つが自分の言葉でできていることが、単純に嬉しかった。私がいちばん推したのは、既存の給湯器の設置ネットワークを使った、高齢世帯向けの「設備の見守り・駆けつけ」サービスだった。工務店の社長の「壊れたときに誰が飛んでくるか」から逆算した案で、私はこれに自信があった。夜11時に軽トラで駆けつけたあの社長の話が、そのまま事業になる気がしていた。

その案を磨くために、私は週末をもう一つ潰した。想定顧客の月額をいくらに置くか、駆けつけの一次対応を誰が担うか、既存の設置網を何%カバーできるか。数字を一つ埋めるたびに、絵が具体的になった。東さんに中間で見せたとき、「桑原、これ好きだろ」と言われた。図星だった。「好きなのは分かる。好きなだけだと、たぶん通らないぞ」とも言われた。その意味を、私はまだ半分しか分かっていなかった。

社内の事業性評価会議は、先方の会議室の、いちばん奥の部屋だった。私は自分の案のスライドを7枚用意して、そのうち2枚は前夜の1時まで直していた。説明は、我ながらよくできたと思う。工務店の一言から始めて、現場の温度を伝えて、数字で受けた。室長は身を乗り出して聞いてくれた。

でも、財務担当の役員が、数字の一点を突いた。老眼鏡を外して、資料をテーブルに置いて、その人は静かに言った。「初期3年は赤字。回収は5年目。桑原さん、うちは、5年待てる会社じゃないんだよ」。正論だった。反論できなかった。既存事業の売上が毎年少しずつ落ちている会社にとって、5年後の黒字は、遠すぎる約束だった。新規事業は、良いアイデアかどうかではなく、その会社が「待てる時間」の中に収まるかどうかで殺される。私は、事業の中身ばかり磨いて、会社の体力という制約を、頭の隅に追いやっていた。押しやったのではなく、見たくなくて隅に置いていた、というのが正確だった。

東さんは会議のあと、廊下の自販機の前で、缶コーヒーを二つ買って一つを私にくれた。「筋は良かった。ただ、うちのクライアントの財布のサイズを、桑原はまだ甘く見てた」と言った。悔しかった。缶は温かかったのに、あまり味がしなかった。その夜、私は駆けつけサービスの収支モデルを、赤字期間が3年から1年半に縮む縮小版に作り替えた。カバー範囲を、全国の設置網から都市部の3県だけに絞った。駆けつけの一次対応も、自社ではなく提携先に投げる形にした。数字は、たしかに良くなった。回収は3年目に前倒しになった。

でも、絞れば絞るほど、あの工務店の社長が評価してくれた「安心感」が薄まっていくのが分かって、それが一番きつかった。都市部だけなら、夜11時に軽トラで駆けつけるあの人の商売は、そもそも入らない。提携先に投げた瞬間、「誰が飛んでくるか」の答えが「知らない会社の誰か」になる。数字は良くなって、事業の心臓は止まっていた。前に別のPJの先輩が「削れば削るほど資料が良くなるのが悔しい」と言っていた意味が、初めて身体で分かった。良くなっているのは資料で、事業ではない。その区別が、深夜の1Kで、やけにはっきりしていた。

翌朝、私は縮小版を東さんに送った。「うん、これなら通る」と返ってきた。通る、という言葉が、こんなに嬉しくないのは初めてだった。

最終報告

最終報告は、静かに終わった。私たちは3案のうち、いちばん手堅い「既存商材のサブスク化」を本命として提案した。既存の給湯器を、売り切りではなく月額でメンテ込みにする案で、赤字期間がほとんどない。私の駆けつけサービスは、その縮小版ですら本命に届かず、「3年目に検討する第2フェーズ候補」という位置に後退した。数字は全部正しい。物語の主語が、私の推した案から、会社が待てる案に、そっと替わっていた。

報告会の資料は、47枚あった。そのうち、私の駆けつけサービスに割かれたのは、後半の1枚だけだった。三週間の同行と、二つ潰した週末と、赤で囲ったあの一言が、最後には1枚になった。役員は満足していた。社長は資料をめくりながら「これなら踏み出せる」と言った。私の提案が採用されなかったこと自体は、正しい判断だと今でも思う。会社は、身の丈に合った一歩を選んだ。

ただ、報告会の帰り道、私は自分が何を作ったのか、うまく言えなかった。半年近くかけて、私は会社が飲み込める大きさの結論を、丁寧に用意した。それは仕事だ。立派な仕事だ。駅までの道で、東さんが「お疲れ。いい仕事だったよ」と言ってくれて、私も「ありがとうございます」と返した。嘘ではなかった。でも、あの工務店の現場で赤く囲った一言は、結論のどこにも残っていなかった。夜11時の軽トラも、47枚のどこにもいなかった。私は、それをどこかに置いてきた自分を、うまく責められなかった。置いてこなければ、たぶん、何も通らなかったから。

後記 ―― そのPJは、どうなったか

サブスク化のパイロットは、翌年の春に始まった。都市部の1県で、まず200世帯。数字は、悪くないらしい。東さんが半年後、別の案件の移動中に教えてくれた。ただ「悪くない」であって「化ける」ではない。新規事業の「1本目の柱」というより、既存事業の延命策、というのが正直なところだと思う。柱というより、倒れかけた壁に当てる、細いつっかえ棒だ。

私が推した駆けつけサービスは、「第2フェーズ候補」のまま、たぶん誰も検討していない。あの縮小版の収支モデルも、共有フォルダのどこかで、開かれないまま眠っているはずだ。2年前に立ち消えた新規事業の資料を、私は週末のドトールで読んだ。表紙に「Ver.7」とあった、あの資料だ。今度は、私が作った資料が、いつか別の誰かの週末に「立ち消えた案の一つ」として読まれるのかもしれない。そう思うと、少しだけ、あの2年前の担当者に連帯を感じる。会ったこともない人に、勝手に。

このPJで私が得たものは、事業案そのものではなかった。会社には「待てる時間」という体力があって、どんなに良いアイデアもそのサイズに収めないと殺される、という手触りだ。それは新規事業の教科書には「短期の収益性も考慮せよ」と一行で書いてある。私はその一行を、半年と、消えた週末と、通らなかった自分の案の悔しさで、覚えた。たぶん、この覚え方の方が長く残る。そして、覚えたからといって、次に同じ場面で正しく振る舞える気は、あまりしない。次もたぶん、私は「好きな案」を先に磨いてしまう。

温泉には、まだ行けていない。箱根の、素泊まりで1万1千円の宿は、たぶんもう料金が変わっている。次のアサインは、もう決まっている。金曜の夜のあの「入れる?」に、私はまた「大丈夫です」と打つのだろう。知らない業界を好きになる練習は、月曜の朝で終わる。そのあとは、好きかどうかを考えている暇が、また、なくなる。ドトールのアイスカフェラテは、たぶんまた、氷だけになるまで放っておかれる。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

タイプ診断へ 他の話を読む