三社の数字を最初に見るのは、この部屋でいちばん若い僕だった
見てはいけない数字を、この部屋でいちばん若い人間が最初に見る――白鳥が、三つの会議室を往復した二ヶ月の記録。
九月十六日、水曜。僕は三階の会議室を出て、五階の会議室に入って、また三階に戻った。
一日で、十一回往復した。
白鳥です。二十四歳、入社二年目。この案件で、僕は主に歩いていた。
アサイン ―― 八月
案件は、塗料メーカー三社の共同検討だった。
建築用と工業用の塗料を作っている会社が三社。規模は、いちばん大きいところで年商四百二十億円、いちばん小さいところで百九十億円。
三社とも、同じ地域に工場と倉庫を持っていて、同じ問屋と同じ現場に配送している。
塗料は、危険物だ。輸送にも保管にも決まりがある。専用の車両と、資格を持った人が要る。
その人と車が、三社とも足りなくなっていた。
だから、共同で配送できないかを検討する。それがこの案件だった。
期間は三ヶ月。シニアマネージャーの尾花さん、マネージャーの向井さん、コンサルタントの二人、そして僕。
僕の役割は、最初の説明で「データの取りまとめ」と言われた。
最初に言われたこと
キックオフの前日、尾花さんに三十分呼ばれた。
言われたのは、三つだった。
一つ目。三社の原データは、僕たちだけが見る。三社は、他社のデータを見ない。
二つ目。返すのは、三社を合算した数字か、統計的に処理した数字だけにする。どの会社のどの拠点の数字かが分かる形では返さない。
三つ目。価格、原価、販売先ごとの条件については、そもそも集めない。
尾花さんは、そのあとにこう言った。
「白鳥くん、この三つは、うちの都合じゃなくて、三社が同じ部屋に座るための条件だから」
「守れないなら、この案件は成立しない」
僕は「はい」と答えた。
そのときは、事務手続きの話だと思っていた。
会議室が三つ
キックオフは九月二日だった。会場は、いちばん大きいA社の本社。
会議室を三つ借りていた。
五階の大会議室が、三社の合同。三階の小会議室が二つ。片方をB社、もう片方をC社が使う。A社は自社の執務室に戻る。
合同の会議は、一日の最初と最後の三十分だけ。あいだは、各社と個別にやる。
僕は、この設計を最初、大げさだと思った。
思っていたのは、キックオフの二十分間だけだった。
十四時四十分
キックオフの午後、A社の物流担当の課長が、こう言った。
「せっかくなので、拠点の場所くらいは三社で共有しませんか」
そうですね、という空気になった。B社の部長が頷いた。
C社の方は、頷かなかった。
C社は、いちばん小さい会社だ。出席していたのは、取締役の方一人だった。
その方が、「拠点の場所は、うちは構いませんが」と言った。
「そのあと、必ず量の話になりますよね」
会議室が、静かになった。
僕は、時計を見た。十四時四十分だった。
尾花さんが「では、拠点の位置はこちらでお預かりして、地図に落としたものだけお返しします」と言った。
「どの点がどの社かは、記号にします」
それで、話が進んだ。
僕がこのとき理解したのは、三社が警戒しているのは互いの悪意ではないということだ。
悪意がなくても、量を知ってしまえば、次の見積りのときに知らなかったことにできない。
僕の作業
九月の第二週から、データが来た。
三社から、拠点の一覧、配送先の地域別の件数、車両の台数と積載率、危険物の資格を持つドライバーの人数、時間帯別の出荷量。
全部、僕のパソコンに来た。フォルダは三つに分けて、鍵をかけた。
やることは、単純だった。
三社の配送先を地域のメッシュに落とす。同じメッシュに三社とも行っている場所を数える。そこで、便を統合したときの走行距離と車両台数を試算する。
単純なのだが、量が多かった。三社合わせて、配送先が一万四千二百件あった。
住所の表記が、三社でばらばらだった。丁目までのところ、番地まで入っているところ、ビル名が入っているところ。
名寄せに、六日かかった。
六日目の夜、僕は自分の席で、一万四千二百件のリストを見ていた。
このリストは、この部屋で僕しか見ていない。
三社の営業がどこに行っているかが、全部ここにある。
尾花さんも向井さんも、集計結果は見るが、生のリストは開かない。開く必要がないからだ。
開いているのは、この案件でいちばん経験のない人間だった。
そのことに気づいたとき、少しだけ、背中が冷たくなった。
混ぜて返す
九月十六日が、冒頭の日だ。十一回往復した日。
この日は、三社に個別に、途中経過を返した。
返したのは、三社合算の数字と、その会社自身の数字だけ。
たとえばB社には、「このメッシュには三社合わせて月九百二十件の配送があり、うち貴社は三百十件です」と伝える。
残りの六百十件が、A社とC社にどう割れているかは、言わない。
B社の部長は、賢い方だった。三十分の打ち合わせの中で、二回、そこに近い質問をした。
一回目は「他の二社は、だいたい半々ですか」。
二回目は「うちがいちばん多いという理解でいいですか」。
どちらも、答えなかった。
答えなかったのは、僕ではなく向井さんだ。僕は、隣で黙っていた。
向井さんは、二回とも同じ答え方をした。
「そこは、お答えしない設計になっています」
「答えてしまうと、この検討自体ができなくなりますので」
二回目のあと、B社の部長は「ですよね」と言って、笑った。
その笑い方が、意地悪ではなかったので、僕は少し安心した。
九月二十九日の、送信取消
やらかしかけた話を書く。
九月二十九日、二十二時過ぎだった。
僕は、三社にそれぞれ、途中経過の資料をメールで送ろうとしていた。ファイルは三つ。宛先も三つ。
一つ目のB社宛てのメールに、C社用のファイルを添付した。
添付して、本文を書いて、送信を押す一秒前に気づいた。
気づいた理由は、ファイル名だった。僕は、ファイル名の頭に会社の記号を入れていた。B社宛ての画面に、Cで始まるファイル名が載っていた。
そのために付けた記号だったのかというと、違う。ただ並び替えのために付けていた。
送信は押していない。押していないが、僕は五分くらい、椅子から立てなかった。
翌朝、向井さんに報告した。報告するかどうかは、少し迷った。何も起きていないので、言わなくても分かられない。
言った理由は、たぶん、自分が怖かったからだ。
向井さんは、「よく言ったね」と言ってから、こう聞いた。
「白鳥くん、二十二時に送ろうとしてたのは、なんで?」
その日のうちに返すと、打ち合わせで言ったからです、と答えた。
向井さんは「それ、誰との約束?」と言った。
B社の部長との約束です、と僕は答えた。
「うん。で、その約束を守るために、その部長に他社の数字を見せそうになったんだよね」
僕は、何も言えなかった。
その日から、三社への送信は、向井さんが最終の宛先とファイルを目視してから押すことになった。作業は一日で二十分増えた。
二十分は、僕が作った二十分だ。
危険物倉庫 ―― 十月七日
十月に、C社の倉庫を見にいった。
塗料の倉庫は、独特の匂いがする。溶剤の匂いで、鼻の奥に残る。三十分いて、外に出たときに、少し頭が重かった。
案内してくれたのは、四十代の現場の方だった。
床に、缶が整然と並んでいる。積める高さが決まっていて、通路の幅も決まっている。
「効率よく置けないんですよ」と、その方は言った。
「決まりなので」
僕は、この一言を、あとで試算に入れた。共同配送をしても、倉庫での保管はそれぞれの決まりの中でしかできない。積載率を上げる余地は、机の上で出した数字より小さい。
試算を、二パーセント落とした。
落としたことを、向井さんに「なんで?」と聞かれた。
匂いの話はしなかった。決まりの話だけをした。
いま思うと、匂いの話もしてよかったのだと思う。三十分で頭が重くなる場所に、人が毎日八時間いる。それは、台数の話とは別の何かだった。
数字は出た
十月の中旬に、試算が出た。
三社で配送を統合すると、走行距離が全体で十九パーセント減る。必要な車両は、三社合計で八十六台から六十八台になる。
ドライバーは、資格者が三社で百二十二人いる。統合後に必要なのは九十四人。
年間の費用は、三社合計で二億八千万円くらい減る。
数字としては、大きかった。
大きかったのに、十月の合同会議で、話が進まなかった。
止まったのは、配分のところだった。
二億八千万円を、どう割るか。
A社は、件数で割るのが公平だと言った。A社がいちばん件数が多い。
C社は、削減に貢献した度合いで割るべきだと言った。C社は、いちばん地域が集中していて、統合の効果が出やすい。
B社は、どちらでもいいと言った。B社は、どちらの式でも真ん中だった。
僕は、三つの式で試算を作った。作ってから、これは僕の仕事ではないと気づいた。
式を選ぶのは、三社が決めることだ。
一度だけ、口を出した
十一月の合同会議で、僕は一度だけ喋った。
議事録を取っていた僕に、尾花さんが「白鳥くん、何か気づいたことある?」と振った。
たぶん、場の空気を変えるためだったと思う。
僕は、名寄せのときに見た話をした。
三社とも行っている配送先のうち、二千百件は、同じ日に三社の車が来ている。
そのうち四百件くらいは、受け取っているのが同じ人だ。問屋の倉庫の、同じ担当者。
「その方は、一日に三回、同じ作業をしています」
C社の取締役が、「それは知らなかった」と言った。
そのあと、少しだけ、話の向きが変わった。
配分の議論が終わったわけではない。ただ、その日は、受け取る側の話が三十分続いた。
僕の発言が何かを解決したとは思っていない。ただ、二ヶ月ずっとデータを混ぜていた人間にしか言えない話ではあった。
生活 ―― 二十四歳
年収は五百八十万円。手取りで、月に二十九万円くらい。
家賃は八万四千円。風呂とトイレが別で、駅から九分。入社のときに、そこだけは譲らなかった。
この案件は、外に出ている日が多かった。A社の本社まで、片道一時間十分。朝は七時二十分の電車に乗る。
歩数計を見たら、九月十六日は一万九千四百歩だった。会議室の往復だけで、これだけ歩いている。
十月に、革靴の中敷きを買った。千二百円。
それから、この二ヶ月で、パスワードを八回変えた。フォルダを開くたびに、自分が何を開いているかを思い出す仕組みが要ると思ったからだ。
思ったのは僕で、誰にも言っていない。
同期とは、この案件の話がほとんどできなかった。何をやっているかを説明しようとすると、三社という言葉を出すことになる。
十月の飲み会で、「白鳥、最近なにやってんの」と聞かれて、「配送です」と答えた。
それで会話が終わった。終わってから、少し損をした気がした。
損をした気がしたことが、自分でおかしかった。喋れないことが仕事の中身なのに、喋れないことを損だと思っている。
大学のときの友人には、「秘密の多い仕事だね」と言われた。そう言われると、少し格好がいい気もして、その気持ちも含めて、あまり良くないなと思った。
後記 ―― 翌年の春
共同配送は、翌年の四月に、二社で始まった。
A社とB社。C社は、最後の会議のあとに降りた。
理由は、聞いていない。尾花さんも聞いていないと言っていた。
僕が最後に会ったとき、C社の取締役は「いい勉強になりました」と言った。
その言葉を、どう取ればいいのか、いまでも分からない。
二社での効果は、試算の六割くらいだそうだ。それでも、一億円は超えている。
僕のパソコンにあった一万四千二百件のリストは、案件が終わった日に消した。
消したという記録を、書面にして三社に出した。
その書面に、僕の名前が入っている。この案件で、僕の名前が入った成果物は、それだけだった。
三社が同じ部屋に座っていた時間は、三ヶ月で合計四時間だった。
四時間のために、僕たちは三つの会議室を借りて、フォルダを三つに分けて、宛先を二人で確認していた。
四時間を作るための仕組みが、残りの全部だった。
そのことを、二年目の僕は、たぶん正しく理解していなかった。いまも、正しく理解しているかは分からない。
ただ、一万四千二百件のリストを開いていた六日間のことは、まだよく覚えている。
この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。
しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。