体験記 No. 78

点数の付け方を決める側に座って、僕は三週間落ち着かなかった

案件ホームセンターチェーン・基幹システム刷新のベンダー選定支援(RFPと評価)
話の中心アサイン
語り手藤枝 陽 / 27歳・入社4年目
読了約8分 · 5,100字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
提案は5社・提出まで21日配点は100点を7項目に割った

頭を下げられる側になって、落ち着かなかった――藤枝が、評価表の配点を決めた二十一日間の記録。

十一月十一日、水曜。僕のスマートフォンに、知らない番号からの着信が四件残っていた。

全部、提案を出そうとしている会社からだった。

藤枝です。二十七歳、入社四年目。この案件で、僕は初めて、選ぶ側の椅子に座った。

アサイン ―― 十月

クライアントは、ホームセンターのチェーンだった。

郊外型の店が四十一店。従業員は、パートを含めて二千八百人。年商は六百四十億円。

十九年使っている基幹システムを入れ替える。その、ベンダー選定の支援だった。

期間は四ヶ月。マネージャーの新開さんと、僕と、二年目の間瀬さん。

新開さんは、初日にこう言った。

「藤枝、去年コンペで負けたろ」

負けました、と答えた。前の年の春、提案で負けた案件があった。

「今回は、採点する側な」

僕は、そのときは、面白そうだと思っただけだった。

最初にやったこと ―― 業務を書く

十月の最初の三週間は、クライアントの業務を書き出す作業だった。

発注、入荷、在庫、店舗間の移動、値下げ、棚卸し、返品。

面倒だったのは、店舗ごとにやり方が違っていたことだ。

たとえば、値下げ。システム上は本部が価格を決めることになっている。実際には、店長の判断で値札を貼り替えている店が、四十一店のうち二十九店あった。

情報システム部の課長の宍戸さんに聞いたら、「知ってます」と言われた。

「知ってますけど、書けないんですよ」

書くと、いまのやり方が違反していることになる。

僕は、そこを三日迷った。

書かないと、新しいシステムは「本部が決める」前提で作られる。稼働したあとに、二十九店が困る。

書くと、選定の前に社内の問題になる。

最終的に、新開さんが役員に上げて、「現状として書く。是正は別の議論にする」という整理になった。

RFPを出す ―― 十一月二日

提案依頼書を出したのが十一月二日だった。

声をかけたのは五社。提出期限は十一月二十三日。二十一日間だ。

僕は、この二十一日間で、何が起きるかを分かっていなかった。

まず、質問が来る。

質問の受付は書面だけ、と決めていた。それでも、電話が来た。

十一月五日に二件。九日に三件。十一日に四件。

内容は、だいたい同じだった。「質問の趣旨を、口頭で少し補足させてもらえないか」。

僕は、最初の二件は、少し話をしてしまった。

話しながら、これはまずいと思った。

五社のうち、一社とだけ十五分話したら、その十五分は他の四社にはない。

三件目からは、「書面でお願いします」と言った。言うのに、少し勇気が要った。

相手は、僕より明らかに年上だった。四十代か五十代の、営業の責任者の方だ。

その人が、僕に丁寧な言葉を使っていた。

去年のこと

十一月の中旬、僕は去年のことをよく思い出していた。

去年の春、僕は提案する側だった。負けた。

負けたあと、クライアントの担当者から、「よく書けていました」というメールが来た。

そのメールを、僕は三回読んだ。三回読んで、何も分からなかった。

何が足りなかったのかが、書いていなかったからだ。

いま、僕は、そのメールを出す側にいる。

五社のうち四社には、同じようなメールを出すことになる。

その四社の若い人が、そのメールを三回読むのだろうと思った。

断る練習

十一月の中旬に、二回、食事に誘われた。

一社目は、丁寧な断り方ができた。「選定中ですので」と言えば済む。

二社目が、少し難しかった。

誘ってきたのは、僕の大学の先輩だった。学部は違うが、同じサークルにいた人だ。四つ上。

その人は、提案を出す会社にいた。

連絡は、会社のメールではなく、個人のメッセージアプリに来た。

「久しぶり、今度飲もうよ」

案件の話は、一文字も書いていなかった。

僕は、三十分くらい画面を見ていた。

案件の話をしないなら、会ってもいいのではないか、と一瞬思った。思ったことを、正直に書いておく。

新開さんに相談した。

新開さんは、「行ってもいいけど、議事に書ける?」と聞いた。

書けません、と答えた。

「じゃあ、答え出てるよね」

僕は、その先輩に、案件が終わったらお願いしますと返信した。

返信は来なかった。

案件が終わったあとも、連絡はしていない。したほうがいいのだろうが、していない。

店を見る ―― 十一月十七日

提案を待っているあいだに、店舗を回った。

四十一店のうち、七店。北関東の郊外の店と、都市部の小型店と、いちばん古い店。

いちばん古い店は、築二十六年だった。

平日の午前に行った。雨の日で、駐車場が半分空いていた。

僕は、資材売り場で一時間立っていた。

木材を切ってもらうカウンターがあって、そこに人が並ぶ。切った本数と長さを、担当の方が手書きの伝票に書いている。

その伝票が、レジに回る。レジで、金額を打ち直す。

システムには、この工程が入っていない。

僕は、その伝票を一枚もらった。字が、少し掠れていた。

店長に「これ、一日何枚くらいですか」と聞いた。

「多い日で四十枚くらいかな」

四十一店で、平均二十枚としても、一日八百枚になる。

この八百枚を、新しいシステムでどう扱うかは、提案依頼書に書いていなかった。

僕は、追加の質問として五社に出した。出したのが十一月十八日で、期限の五日前だった。

五社のうち、二社が「見積りに影響します」と回答してきた。

遅く出した僕の責任だった。

謝罪の連絡を、五社全部に入れた。電話で。

そのうち一社の方に、「いや、見つけてもらえてよかったです」と言われた。

その一言で、僕は少し楽になった。楽になったことに、あとで少し気まずくなった。

僕が遅れたことで、五社に週末の作業が発生している。楽になってよかったはずがない。

配点を決める

評価表を作った。

百点を、七つの項目に割った。

業務の適合度が三十点。導入の実績が十五点。プロジェクト体制が十五点。稼働後の保守が十点。拡張性が十点。価格が二十点。

この配点を決めるのに、二回、会議をやった。

一回目で揉めたのは、価格だった。

経営企画の部長は、三十点にしたいと言った。情報システム部の宍戸さんは、十五点でいいと言った。

宍戸さんの理由は、こうだった。

「安いところを選んで、一回失敗してるので」

十九年前の話だった。この会社は、前回の導入で二回延期している。

僕は、その話を、この会議で初めて聞いた。

二十点にしたのは、間を取ったからだ。正直に書くと、論理的な根拠はない。

ただ、この二十点が、最終的に結論を決めた。

提案書 ―― 十一月二十三日

五社から、提案が来た。

いちばん厚い会社で、四百六十ページ。いちばん薄い会社で、九十八ページ。

僕は、それを全部読んだ。読むのに、四日かかった。

四日目の夜、僕は自分の去年の提案書のことを思い出していた。

あれは、百四十ページくらいだった。

いま読んでいるどの提案書も、誰かが土日を使って作っている。そのことが、読んでいると分かる。

分かるのだが、点数は付けなければいけない。

デモ

十二月の第一週に、上位三社のデモをやった。

一社あたり、三時間。会議室に、クライアント側が十四人集まった。

デモの前に、各社が会議室に入ってくる。人数は、多いところで七人。

紙コップが並ぶ。休憩のたびに、増えていく。

三社目の会社は、営業の方が二人と、技術の方が三人だった。

技術の一人が、僕と同い年くらいに見えた。

その人が、デモの途中で操作を間違えた。画面が止まって、十秒くらい、誰も何も言わなかった。

僕は、その十秒が、自分のことのようにきつかった。

去年、僕もデモで似たようなことをやっている。

点数

デモのあとに、十四人が採点をした。僕は、集計をした。

結果は、こうだった。

A社が七十八点。B社が七十四点。C社が七十六点。

三点差と、二点差。ほとんど並んでいた。

価格は、A社が十四億二千万円、B社が九億八千万円、C社が十二億五千万円。

価格の二十点で、B社が満点を取っている。B社は、業務適合度で三十点中十八点と、いちばん低かった。

新開さんに、集計を見せた。

新開さんは、「藤枝、これ、どう思う?」と聞いた。

僕は「差がないので、追加で確認が要ります」と答えた。

新開さんは、「そうじゃなくて」と言った。

「この配点でやったのは、うちだよね」

配点を作ったのは、僕たちだ。二十点にしたのも、僕たちだ。

もし価格を十五点にしていたら、B社は一位ではない。三十点にしていたら、B社が明確に一位だ。

三点差は、僕が決めた配点の産物だった。

追加の確認

十二月の中旬に、上位三社に追加の質問を出した。

B社に対しては、業務適合度で低かった部分、具体的には店舗での値下げの処理について、どう実装するかを聞いた。

B社の回答は、追加開発で対応する、というものだった。金額が一億四千万円上がった。

これで、B社の価格は十一億二千万円になった。

再計算をした。A社が七十八点、B社が七十一点、C社が七十六点。

A社に決まった。

僕は、この過程を、A4で六枚の議事に残した。配点を決めた経緯と、追加確認をした理由と、再計算の根拠。

残したのは、あとで誰かが「なぜA社なのか」と聞いたときのためだ。

そして、たぶん、自分のためでもあった。

役員会での報告は、一月十九日だった。

僕が説明したのは、十二枚だった。点数の一覧と、追加確認の内容と、再計算。

社長は、一つだけ聞いた。

「藤枝さん、この会社と、うちは十年付き合うことになるんだよね」

なります、と答えた。

「じゃあ、点数以外で、何か言うことある?」

僕は、少し考えて、こう言った。

デモのときに、A社の技術の方が、店舗の値下げの話に一番食いついていました、と。

その方が、二回、自分から質問をしていました。他の二社は、質問をしませんでした。

社長は、「それ、点数に入ってないよね」と言った。

入っていません、と答えた。

社長は、「入れなくていいよ」と言って、決裁した。

会議のあと、新開さんに「あれ、余計だったですかね」と聞いた。

新開さんは、「余計だけど、聞かれたから答えたんだろ」と言った。

「聞かれてないのに言ってたら、怒ってた」

その違いが、僕にはまだうまく掴めていない。

生活 ―― 二十七歳

年収は七百二十万円。

家賃は八万八千円。二十三区の外側で、駅から十一分。

この案件は、ほとんどクライアントの本社にいた。片道四十分。

十二月は、会議が多かった。デモの三日間は、朝九時から十八時まで会議室にいて、昼は弁当を配ってもらった。

その弁当が、毎回同じ店のものだった。三日間で、同じ弁当を三回食べた。

十二月に、風邪をひいた。熱は出なかったが、声が出なくなった。デモの二日目で、僕は進行役だった。

間瀬さんに代わってもらった。間瀬さんは二年目で、たぶん緊張していたと思う。

僕は、その日、会議室のいちばん端に座って、ずっとメモを取っていた。

声が出ないと、人の話をよく聞く。当たり前のことに、その日気づいた。

後記 ―― 翌年の八月

A社との契約は、三月に締結された。

稼働の予定は、その二年後だった。

僕は、契約までで案件を離れた。

翌年の八月に、宍戸さんから連絡が来た。

プロジェクトが、一年延期になったという話だった。

理由は、店舗の改装計画と時期が重なったことと、社内の要員が足りないこと。

システムそのものの問題ではなかった。

宍戸さんは、「あの選定は正しかったと思ってます」と言ってくれた。

そのあとに、「動くのは、私が定年になる年ですね」と笑った。

B社の営業の方から、その年の秋に、一通だけメールが来た。

転職のご挨拶だった。別の会社に移られたそうだ。

文面の最後に、「あのときはありがとうございました」と書いてあった。

僕は、返信を三回書き直して、結局、短いものを送った。

去年の春に僕がもらったメールと、たぶん同じくらいの長さだった。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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