体験記 No. 71

僕の四ヶ月には、請求先がなかった

案件自社(コンサルティングファーム)・アサインと稼働管理の仕組みの見直し
話の中心最終報告
語り手和久井 / 35歳・マネージャー4年目
読了約8分 · 5,100字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
チャージ先なし・四ヶ月待機の長さを説明したのは「誰の下にいるか」

請求先のないチャージコードを四ヶ月つけ続けた――和久井が、自分の会社を客として過ごした一件の記録。

四月一日から七月三十一日まで、僕がつけていたチャージコードには、請求先がなかった。

社内の管理番号だ。頭が9から始まる。うちでは、9で始まるコードは客に請求しない仕事を指す。

和久井です。三十五歳。マネージャーになって四年目になる。

三月の連絡

大型の案件が飛んだ。

正確には、飛んだのではなく、延期になった。クライアント側の役員人事が三月に動いて、意思決定が止まった。

僕は四月からその案件でマネージャーをやる予定だった。チームは六人。半年の予定だった。

三月十三日に、パートナーの江藤さんから連絡が来た。

「和久井、四月からちょっと社内の仕事をやってくれないか」

社内の仕事、というのは、社内プロジェクトのことだ。

テーマは、アサインの仕組みと稼働管理の見直しだった。

うちの会社は、この五年で人が増えた。増えたのに、誰をどの案件に入れるかの決め方が、昔のままだった。

具体的には、案件が立ち上がると、その案件のパートナーやマネージャーが、知っている人に声をかける。空いている人のリストは一応あるが、実際には声かけで決まる。

その結果、待機期間の長さに、人によって差が出ていた。

「差がある」というところまでは、みんな知っていた。

なぜ差が出るかは、誰も調べていなかった。

客がいない

社内案件の最初の一週間で、僕が戸惑ったのは、クライアントがいないことだった。

いない、というのは正確ではない。いすぎる。

この仕事の受益者は、全社員だ。意思決定するのは、パートナー会。パートナーは十九人いる。

江藤さんに「誰に合意を取ればいいですか」と聞いた。

江藤さんは「全員」と言った。

「全員というのは、最終的に多数決ですか」

「多数決はやらない。やったことがない」

じゃあどうやって決まるんですか、と聞いたら、「反対する人がいなくなったら決まる」と言われた。

これが、この案件の最後まで効いてきた。

三年前の資料

四月の第二週に、共有フォルダを掘った。

社内案件の過去の成果物は、フォルダの階層の深いところに置かれている。誰も見ないので、整理もされていない。

そこで、三年前の資料を見つけた。

タイトルは「アサインプロセスの現状整理と改善の方向性」。

僕がやろうとしていることと、ほぼ同じだった。

四十二枚あった。分析も、僕が四月に考えていた切り口とよく似ていた。待機日数の分布、案件の立ち上がりのリードタイム、スキルの登録率。

最後の一枚に、提言が三つ書いてあった。そのうち二つは、僕が七月に出すことになる提言と、ほとんど同じだった。

作った人の名前を見た。知っている人だった。二年前に辞めている。

僕はその資料を、三十分見ていた。

それから、江藤さんに聞いた。「三年前に同じことをやってますよね」

江藤さんは「やったね」と言った。

「どうなったんですか」

「途中で、その人が案件に戻ったんだよ。それで止まった」

止まった、という言葉に、責める感じはなかった。事実として、そうだったという言い方だった。

僕は、自分も八月から案件に戻る可能性が高いことを、そのとき考えた。考えて、すぐに別のことを考えた。

データ ―― 同僚の稼働

四月の後半から、データを見た。

見たのは、過去三年分の、コンサルタント一人ひとりの月次の稼働率と、アサインされた案件、案件の規模、評価の履歴、それから入社経路。

対象は、三百四十一人だった。

僕の名前も、その中にあった。

三十五歳、マネージャー四年目、直近三年の平均稼働率は八十八パーセント。

自分の行を見つけたとき、少し変な気持ちになった。他人の行と同じ形をしていた。

分析としては、そんなに難しいことはしていない。待機期間の長さを、いくつかの要因で説明できるかを見ただけだ。

評価。入社経路。職位。専門領域。年次。

それから、直近二年で「誰の下にいたか」。

五月 ―― 作ってはいけない表

五月の連休明けに、僕は一つの表を作った。

パートナー別に、そのパートナーの案件に入ったメンバーの、その後の稼働率と評価を並べた表だ。

パートナーの名前が、そのまま行になっていた。

作ったとき、僕は「これは強い」と思った。

数字ははっきりしていた。特定の何人かのパートナーの下に入った人は、その後の待機が短い。別の何人かの下に入った人は、待機が長い。

差は、平均で十九日あった。

僕はこの表を、江藤さんとの打ち合わせに持っていった。五月十二日の夕方だった。

江藤さんは、表を三十秒見て、こう言った。

「和久井、これ、誰かに見せた?」

「まだです」

「消して」

理由を聞いた。

江藤さんは「内容が間違ってるとは言ってない」と言った。

「ただ、この紙が一枚あると、これから先、この会社で起きる全部のアサインが、この紙の話になる」

僕は納得しなかった。その場では「分かりました」と言ったが、納得していなかった。

一週間かけて、僕は同じ分析を、パートナーを匿名化した形で作り直した。A、B、Cと記号にして、順番も入れ替えた。

作り直した結果、言えることは変わらなかった。差は十九日のままだった。

変わったのは、会議でその紙を出したときに、誰も自分の話だと思わなくなったことだ。

そして、誰も自分の話だと思わなくなった瞬間、その紙は少し弱くなった。

江藤さんが言ったのは、たぶん、そういうことだったのだと思う。いまでも、あれが正しかったのかは分からない。

聞く ―― 二十六人

六月に、社内の二十六人に話を聞いた。

若手からパートナーまで。一人四十五分。

同僚に話を聞くのは、客に聞くより難しかった。

まず、僕のことを知っている。僕がどの案件をやってきたかも、僕がどのパートナーの下にいることが多いかも知っている。

三年目の人が、最後にこう言った。

「和久井さんって、江藤さんのところですよね」

「はい」

「じゃあ、そういうことですよね」

何が「そういうこと」なのかは、説明されなかった。説明されなくても、分かった。

僕は、待機が短いほうの群にいる。

四年目の別の人は、もっと具体的だった。

「去年、二ヶ月空いたんです」

「そのあいだ、社内の研修の手伝いをやって、いちおう九から始まるコードをつけてました」

「評価面談で、その二ヶ月のことは、話題に出なかったです」

出なかった、というのが、いちばんきつい言い方だと思った。

根回し ―― 七月の前半

パートナー会の前に、五人に個別に説明した。

これは江藤さんに言われてやった。「会議で初めて見る人がいると、その人は反対する」と。

五人のうち三人は、十五分で終わった。「いいんじゃない」と言われた。

四人目は、五十代の方で、四十分かかった。

その方は、僕の分析のうち「誰の下にいたか」の部分について、こう言った。

「これ、逆じゃないの」

「できる人を引っ張ってる人の下に、できる人が集まってるだけでしょう」

反論としては、まっとうだった。

僕は、評価の履歴で補正した結果を見せた。評価が同じ層に絞っても、差は十一日残る。

その方は「ふうん」と言った。

それから、「和久井くん、これ、僕は何をすればいいの」と聞いた。

僕は「週次の配置会議に出ていただきたいです」と答えた。

「四十分?」

「四十分です」

その方は、手帳を見て、「木曜の朝ならいけるかな」と言った。

この会話が、僕がこの四ヶ月でいちばん手応えを感じた瞬間だった。

七月の会議では、この方は何も発言しなかった。

七月 ―― パートナー会

最終報告は、七月二十四日のパートナー会だった。

十九人のうち、十六人が出席した。時間は、九十分のうち僕の枠が四十分。

僕が出したのは、四つだった。

一つ。待機期間の長さは、能力や評価より、「誰の案件にいたか」で説明できる部分が大きい。

二つ。空いている人のリストは存在するが、案件が立ち上がる時点では使われていない。使われるのは、声かけが失敗したあとだ。

三つ。だから、アサインの決定を、案件側の希望だけでなく、全社の配置として一度通す場を作る。週次で、四十分。

四つ。待機が一定日数を超えた人については、担当を決めて経過を見る。

説明が終わったあと、部屋は静かだった。

反論は出なかった。

一人が「面白いね」と言った。

一人が「工数はどれくらいかかるの、この週次の会議」と聞いた。四十分です、と答えた。

一人が「まあ、やってみる価値はあるよね」と言った。

結論は、「来期から試行」ということになった。

試行、というのは、いつから、誰が、何を、というのが決まらないまま終わる、ということだ。

そのことは、部屋を出た瞬間に分かっていた。

分かっていて、僕はその日、少しほっとしていた。

反対されなかったからだ。誰も怒らなかったからだ。

四ヶ月で、いちばん嫌だったのは、この「ほっとした」だと思う。

評価面談 ―― 八月

八月に、期の評価面談があった。

評価者は江藤さんだった。

社内案件の四ヶ月について、江藤さんはこう言った。

「内容はよかった。ただ、今期の評価は、正直むずかしい」

理由は、分かっていた。うちの評価は、案件での成果と、売上への貢献で決まる。

僕の四ヶ月には、売上がない。

江藤さんは「来期でちゃんと返す」と言った。

その言葉を、僕は信じた。信じたというより、信じるほうが楽だった。

面談のあと、エレベーターで、さっきまで話していた自分の数字のことを考えた。

僕は四ヶ月、待機の長さと評価の関係を分析していた。

そして、自分の四ヶ月が、評価の対象から外れていた。

分析していたことと、自分に起きていることが、同じ形をしていた。

そのことに、面談が終わるまで気づいていなかった。

生活 ―― 三十五歳

年収は千二百六十万円。家は都心から三十分の2LDK、家賃は十七万八千円。

この四ヶ月、僕は十九時に会社を出る日が多かった。客先の締切がないからだ。

四年ぶりに、平日にジムに行った。週に二回、三ヶ月続いた。体重が四キロ落ちた。

五月の連休は、四日休んだ。前に四日続けて休んだのがいつだったか、思い出せなかった。休みの三日目に、やることがなくなって、平日の昼間に映画館に行った。客は十一人だった。

映画の内容は、あまり覚えていない。覚えているのは、上映中に一度もスマートフォンを見なかったことだ。見なくても、何も起きなかった。

六月に、妻に「最近、機嫌がいいね」と言われた。

僕は「暇だから」と答えた。答えてから、暇という言葉を使ったことに自分で驚いた。

暇ではなかった。作業量は、案件のときの六割くらいはあった。

ただ、誰にも待たれていなかった。待たれていない仕事は、どれだけ量があっても、暇に感じる。

七月の終わり、案件に戻ることが決まった。八月からだ。

決まった日の夜、僕は少し眠れなかった。うれしかったからだ。

四ヶ月かけて「アサインの仕組みが属人的だ」という報告をした人間が、自分のアサインが決まって安心して眠れなくなっている。

これは、書いておく。

後記 ―― 翌年の二月

翌年の二月の時点で、週次の配置会議は、始まっていない。

待機が長い人の経過を見る担当は、人事の部門に置かれた。これは実行された。担当者は一人だ。

僕が話を聞いた四年目の人は、去年の十月に辞めた。事業会社に移ったと聞いた。

辞めるときの面談で、待機の話をしたかどうかは、知らない。

僕の資料は、社内の共有フォルダに入っている。パスは、パートナー会の議事録からリンクされている。

去年の十二月に、一度だけ、若手から「あの資料、読みました」というメッセージが来た。入社二年目の人で、僕は名前しか知らなかった。三ヶ月空いたあとだった、と本人が書いていた。

返信に何を書くか、十分くらい考えた。

結局、「ありがとう。あれ、実行されてないけどね」と書いて送った。

送ってから、これは書かなくてよかったかもしれない、と思った。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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