一度も会わないまま、僕は十九人が作っているものを畳む案を書いた
四ヶ月、僕の移動距離は一日あたり十一歩だった。机から冷蔵庫までの距離だ――湊が、会わなかった人たちについて書いた記録。
四月十四日の十時、僕は自分の部屋の椅子に座って、初回の打ち合わせに入った。画面には九つの四角が並んでいた。そのうち七つは、黒い四角にアルファベットが一文字だけ書いてあった。
湊です。二十八歳。入社して五年目になる。
アサイン ―― オフィスがない
クライアントは、スマートフォン向けのゲームを作っている会社だった。
創業十二年。従業員は二百十人。売上は六十二億円。運営中のタイトルが九本ある。
この会社は、オフィスを持っていなかった。四年前にやめたそうだ。登記上の住所はあるが、そこには誰もいない。
依頼は、九本のタイトルをどう並べ直すかだった。どれに人を増やすか、どれを維持するか、どれを畳むか。
期間は四ヶ月。チームは三人で、うち二人は別の案件と掛け持ちだった。
マネージャーの遠野さんが、初日に言った。
「湊くん、現地ないから。全部オンライン」
僕は「わかりました」と答えた。
正直に書くと、このとき僕は喜んでいた。前の案件が地方常駐で、週に四日、新幹線に乗っていた。移動がないというのは、それだけで良い知らせに聞こえた。
立ち上がり ―― アイコンで人を覚える
最初の二週間で、僕が話した人は二十七人いた。
顔を見たのは、そのうち四人だった。
この会社は、カメラを切る人が多い。切っているのが失礼だという文化がない。画面に出ているのは、名前の頭文字か、猫の写真か、ゲームのキャラクターだった。
僕は、人をアイコンで覚えるようになった。
緑の四角の人が、運営のリーダー。猫の人が、データの担当。「K」の人が、開発の統括。
三週間目に、僕は自分のノートにアイコンの特徴を書き出していた。書き出しているときに、これは名前を覚えていないということだな、と思った。
言葉も、最初はわからなかった。
継続率、離脱、ガチャの排出、天井、周年、復刻、インフラ費、サーバー代。それから、人月。
人月というのは、一人が一ヶ月働く量のことだ。この会社では、タイトルごとの原価を、ほぼこれで管理していた。
九本ぶんの人月の表をもらったのは、四月二十五日だった。
その表を見て、僕が最初に思ったのは「わかりやすいな」だった。
わかりやすい、と思ったこと自体が、あとで引っかかることになる。
数字は全部、画面の中にある
五月は、数字を作っていた。
九本のタイトルについて、月次の売上、課金している人の数、一人あたりの課金額、継続率、そして人月。過去三年ぶん。
この作業は、リモートでまったく困らなかった。むしろ速かった。
データは全部、共有のドライブに入っている。質問はチャットで投げれば、だいたい三十分以内に返ってくる。移動時間がゼロなので、一日に六件の打ち合わせが入る。
五月の第三週、僕は一日に七件の打ち合わせに出た。全部で五時間四十分。そのあいだ、椅子から立ったのは二回だった。
結果は、五月の終わりに出た。
九本のうち、四本が赤字だった。うち二本は、三年連続で赤字が広がっていた。
いちばん厳しい一本は、運営八年目のタイトルだった。
月の売上が千四百万円。人月が十九人分。インフラ費を入れると、月に二千二百万円かかっていた。
八百万円ずつ、毎月減っている。
この数字を作るのに、僕は三日かかっていない。
深夜三時の「更新完了しました」
五月の下旬に、一つだけ、数字にならないことがあった。
僕は、クライアントの共有チャンネルに入れてもらっていた。運営チームが作業の連絡をしているところだ。
ある夜、寝る前にスマートフォンでそれを開いた。三時十二分だった。
「イベント差し替え完了しました」
「バナー、修正版に置き換えました」
「確認しました。ありがとうございます」
三人が、そのくらいの時間に動いていた。
翌朝の打ち合わせで、そのことに触れた。緑の四角の人が「あ、更新は深夜なんですよ」と言った。
理由は、利用者が少ない時間帯にやるからだった。当たり前の話だった。
僕は「大変ですね」と言った。
緑の四角の人は「まあ、慣れました」と言った。
その日の午後、僕はそのタイトルの人月の欄を見ていた。十九人分と書いてある。
十九人分というのは、十九人だ。
書いてあるのは数字なので、深夜三時に起きているかどうかは、どこにも出てこない。
六月 ―― 三段階の案
六月に、僕は分類の案を出した。
三段階にした。人を増やすタイトルが二本。現状維持が三本。縮小または終了を検討するのが四本。
四本のうち、八年目のタイトルは、終了の検討に入れた。
案を作るときに、僕は自分で決めたことがある。終了を提案するタイトルについては、その運営チームのリーダーに、必ず一度は自分の口で説明する。チャットで送らない。資料だけ渡さない。
これは、遠野さんに言われたことではない。自分で決めた。
決めた理由は、五月の終わりに自分が「三日で出せた」と思ったことが、気持ち悪かったからだ。
六月十九日、僕は八年目のタイトルのリーダーと、一対一で四十分話した。
その人は、カメラを付けてくれた。三十代の男性で、後ろに本棚が映っていた。
僕は、数字を全部出した。減り方と、このままいくとどうなるかを説明した。
その人は、最後まで聞いて、こう言った。
「湊さん、これ、僕もだいたい同じこと思ってます」
意外だった。反論されると思っていた。
それから、こう続けた。
「ただ、いま残ってくれてる人たちって、八年やってくれてるんですよ」
「その人たちに、どう言うかが、まだ思いつかないです」
僕は「はい」と答えた。
その人は「湊さんは、そこは考えなくていいです」と言った。
言い方は、優しかった。突き放されたとも思わなかった。
ただ、そのとおりだった。僕は、そこを考えなくていい場所にいた。
止めるには時間がかかる
七月に、一つ計算違いがわかった。
僕は、当初の案で、終了の判断をしたら三ヶ月くらいで止まると考えていた。
止まらなかった。
サービスを終えるには、利用者への告知の期間が要る。有償で買われていて、まだ使われていないものをどう扱うかも決める必要がある。それを決めて、周知して、受け付けて、処理する。
法務の人と三回話した。この人は、九人のうち唯一、最初から最後までカメラを付けていた人だった。
その人の見立てでは、判断から実際の終了まで、最短で七ヶ月だった。
七ヶ月のあいだ、人月はほとんど減らない。運営は続くからだ。
僕は、案の数字を作り直した。作り直したら、四本を全部止めても、初年度の効果はほとんど出ないことになった。
この計算を、六月にやっておくべきだった。
七月 ―― 表に出ていなかったこと
もう一つ、七月にわかったことがある。
こちらのほうが、大きい間違いだった。
僕が作った人月の表は、タイトルごとに人数が割り振られている。九本の合計が、開発と運営の人数と合う。きれいな表だった。
きれいすぎた。
七月の頭に、「K」の人――開発の統括の人――とチャットで話していて、こう書かれた。
「そのへん、実際はけっこう跨いでますよ」
跨いでいる、というのは、同じ人が複数のタイトルを見ているということだった。
特に、サーバー側の仕組みを触る人が四人しかいない。この四人が、九本のうち七本を見ていた。
人月の表では、この四人は、タイトルごとに〇・五とか〇・三とかで割り振られていた。数字としては正しい。
ただ、四本を畳んでも、この四人は減らない。減らしたら、残る五本が止まる。
つまり、僕が出していた削減効果のうち、そこそこの部分が、実際には出ない。
僕は、その日のうちに全部作り直した。
作り直したあと、遠野さんに報告した。遠野さんは「気づいてよかったね」と言った。
それから、こう付け足した。
「湊くん、それ、行ってたら初日にわかってたやつだよ」
たぶん、そのとおりだった。
同じ人が別のタイトルの話をしているのを横で聞く。誰と誰がいつも一緒に昼を食べているかを見る。席の並びを見る。そういうところから入ってくる情報が、この四ヶ月、僕には一切なかった。
なかったことに、七月まで気づかなかった。
情報が足りないときは、足りないとわかる。足りていると思っていたのがいちばん悪い。
それ以降、僕は打ち合わせの最後に、必ず同じ質問をするようにした。
「いま僕が知らなくて、知っておいたほうがいいことって、何かありますか」
十四回聞いて、何か返ってきたのは五回だった。五回のうち三回は、表に出ていない話だった。
聞き方として、うまいとは思わない。ただ、これしか思いつかなかった。
生活 ―― 十一歩
二十八歳。年収は七百四十万円。
家は、1Kで家賃が十万三千円。机は、窓に向けて置いてある。
四ヶ月、僕はほとんどこの部屋にいた。
朝は九時に起きる。九時半に机に着く。打ち合わせは十時から。昼は、冷凍のものを温める。机から冷蔵庫まで、十一歩ある。数えたことがある。
夕方に一度、コンビニに行く。それが外に出る唯一の機会だった。行かない日もあった。
七月の第二週、僕は三日間、一言も声を出さなかった。打ち合わせが全部チャットで済んだ週だった。三日目の夜に、自分で「あ」と言ってみた。声が少しかすれていた。
六月に、椅子を買った。四万二千円。経費では落ちない。
体重は、四ヶ月で五キロ増えた。腰が痛くなったのは七月で、これは椅子を買ってからのほうがましになった。
同期とは、月に一回くらい、オンラインで話した。一人が「湊、顔色いいな」と言った。日に当たっていないからだと思う。
中間報告と、そのあと
七月三十日に、中間報告をした。
参加者は十一人。カメラを付けていたのは、社長と法務の人と、僕たち三人だった。
社長は、四本の終了検討について、ほとんど質問をしなかった。
質問が集中したのは、人を増やす二本のほうだった。どこから人を持ってくるのか。増やしたら伸びる根拠は何か。
一時間半のうち、一時間はその話だった。
僕は、その配分が正しいと思った。伸ばすほうが難しいからだ。
同時に、四本のほうが軽く扱われたようにも感じた。軽く扱ったのは僕かもしれない。僕の資料では、四本の説明は全部で六枚だった。伸ばす二本には、二十九枚使っていた。
一度だけ、社長が四本の話をした。
「この四本って、うちが最初に当てたやつが入ってるんですよね」
八年目のタイトルのことだった。この会社が十二年前に作った二本目で、いちばん長く続いている。
社長は、そのあと「まあ、それはそれとして」と言った。
そう言ったあと、二秒くらい何も言わなかった。オンラインの二秒は、長い。
僕は、その二秒で、この人がどういう顔をしていたのかを知らない。カメラは付いていたが、僕の画面では、社長の四角は右下の小さいところにあった。共有している資料が大きく映っていて、顔は親指の爪くらいの大きさだった。
最終報告は、八月二十日にやった。方針は、そのまま通った。
終わったあと、画面から一人ずつ消えていった。「お疲れさまでした」が七回流れて、最後に僕が退出した。
打ち上げは、なかった。誰も言い出さなかったし、僕も言わなかった。
後記 ―― 三月のスクリーンショット
翌年の三月、僕は電車の中で、自分のスマートフォンを見ていた。
ゲームのニュースをまとめているところに、八年目のあのタイトルの終了告知が出ていた。
終了は、その年の六月末だった。
告知の文面を、最後まで読んだ。八年間の御礼と、日付と、払い戻しの手続きが書いてあった。
文面の最後に、運営チームからの一段落があった。誰が書いたかは、書いていない。
僕は、緑の四角の人か、あの本棚の人が書いたのだと思った。どちらかはわからない。
四ヶ月、僕は二十七人と話した。顔を見たのは四人だ。名前と顔とアイコンが全部つながっている人は、たぶん三人しかいない。
その三人の中に、あのリーダーは入っている。
連絡はしていない。会社のアカウントは、もう使えない。
電車を降りて、改札を出て、そのまま次のクライアントの入っているビルに入った。その案件は、週に三日、現地に行く案件だった。
エレベーターの中で、僕は少しだけ、ほっとしていた。
この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。
しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。