体験記 No. 63

一度も会わないまま、僕は十九人が作っているものを畳む案を書いた

案件モバイルゲーム運営会社・運営タイトルのポートフォリオ整理
話の中心立ち上がり
語り手湊 / 28歳・入社5年目
読了約8分 · 5,200字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
運営9タイトル・うち4本が赤字4ヶ月で対面はゼロ回

四ヶ月、僕の移動距離は一日あたり十一歩だった。机から冷蔵庫までの距離だ――湊が、会わなかった人たちについて書いた記録。

四月十四日の十時、僕は自分の部屋の椅子に座って、初回の打ち合わせに入った。画面には九つの四角が並んでいた。そのうち七つは、黒い四角にアルファベットが一文字だけ書いてあった。

湊です。二十八歳。入社して五年目になる。

アサイン ―― オフィスがない

クライアントは、スマートフォン向けのゲームを作っている会社だった。

創業十二年。従業員は二百十人。売上は六十二億円。運営中のタイトルが九本ある。

この会社は、オフィスを持っていなかった。四年前にやめたそうだ。登記上の住所はあるが、そこには誰もいない。

依頼は、九本のタイトルをどう並べ直すかだった。どれに人を増やすか、どれを維持するか、どれを畳むか。

期間は四ヶ月。チームは三人で、うち二人は別の案件と掛け持ちだった。

マネージャーの遠野さんが、初日に言った。

「湊くん、現地ないから。全部オンライン」

僕は「わかりました」と答えた。

正直に書くと、このとき僕は喜んでいた。前の案件が地方常駐で、週に四日、新幹線に乗っていた。移動がないというのは、それだけで良い知らせに聞こえた。

立ち上がり ―― アイコンで人を覚える

最初の二週間で、僕が話した人は二十七人いた。

顔を見たのは、そのうち四人だった。

この会社は、カメラを切る人が多い。切っているのが失礼だという文化がない。画面に出ているのは、名前の頭文字か、猫の写真か、ゲームのキャラクターだった。

僕は、人をアイコンで覚えるようになった。

緑の四角の人が、運営のリーダー。猫の人が、データの担当。「K」の人が、開発の統括。

三週間目に、僕は自分のノートにアイコンの特徴を書き出していた。書き出しているときに、これは名前を覚えていないということだな、と思った。

言葉も、最初はわからなかった。

継続率、離脱、ガチャの排出、天井、周年、復刻、インフラ費、サーバー代。それから、人月。

人月というのは、一人が一ヶ月働く量のことだ。この会社では、タイトルごとの原価を、ほぼこれで管理していた。

九本ぶんの人月の表をもらったのは、四月二十五日だった。

その表を見て、僕が最初に思ったのは「わかりやすいな」だった。

わかりやすい、と思ったこと自体が、あとで引っかかることになる。

数字は全部、画面の中にある

五月は、数字を作っていた。

九本のタイトルについて、月次の売上、課金している人の数、一人あたりの課金額、継続率、そして人月。過去三年ぶん。

この作業は、リモートでまったく困らなかった。むしろ速かった。

データは全部、共有のドライブに入っている。質問はチャットで投げれば、だいたい三十分以内に返ってくる。移動時間がゼロなので、一日に六件の打ち合わせが入る。

五月の第三週、僕は一日に七件の打ち合わせに出た。全部で五時間四十分。そのあいだ、椅子から立ったのは二回だった。

結果は、五月の終わりに出た。

九本のうち、四本が赤字だった。うち二本は、三年連続で赤字が広がっていた。

いちばん厳しい一本は、運営八年目のタイトルだった。

月の売上が千四百万円。人月が十九人分。インフラ費を入れると、月に二千二百万円かかっていた。

八百万円ずつ、毎月減っている。

この数字を作るのに、僕は三日かかっていない。

深夜三時の「更新完了しました」

五月の下旬に、一つだけ、数字にならないことがあった。

僕は、クライアントの共有チャンネルに入れてもらっていた。運営チームが作業の連絡をしているところだ。

ある夜、寝る前にスマートフォンでそれを開いた。三時十二分だった。

「イベント差し替え完了しました」

「バナー、修正版に置き換えました」

「確認しました。ありがとうございます」

三人が、そのくらいの時間に動いていた。

翌朝の打ち合わせで、そのことに触れた。緑の四角の人が「あ、更新は深夜なんですよ」と言った。

理由は、利用者が少ない時間帯にやるからだった。当たり前の話だった。

僕は「大変ですね」と言った。

緑の四角の人は「まあ、慣れました」と言った。

その日の午後、僕はそのタイトルの人月の欄を見ていた。十九人分と書いてある。

十九人分というのは、十九人だ。

書いてあるのは数字なので、深夜三時に起きているかどうかは、どこにも出てこない。

六月 ―― 三段階の案

六月に、僕は分類の案を出した。

三段階にした。人を増やすタイトルが二本。現状維持が三本。縮小または終了を検討するのが四本。

四本のうち、八年目のタイトルは、終了の検討に入れた。

案を作るときに、僕は自分で決めたことがある。終了を提案するタイトルについては、その運営チームのリーダーに、必ず一度は自分の口で説明する。チャットで送らない。資料だけ渡さない。

これは、遠野さんに言われたことではない。自分で決めた。

決めた理由は、五月の終わりに自分が「三日で出せた」と思ったことが、気持ち悪かったからだ。

六月十九日、僕は八年目のタイトルのリーダーと、一対一で四十分話した。

その人は、カメラを付けてくれた。三十代の男性で、後ろに本棚が映っていた。

僕は、数字を全部出した。減り方と、このままいくとどうなるかを説明した。

その人は、最後まで聞いて、こう言った。

「湊さん、これ、僕もだいたい同じこと思ってます」

意外だった。反論されると思っていた。

それから、こう続けた。

「ただ、いま残ってくれてる人たちって、八年やってくれてるんですよ」

「その人たちに、どう言うかが、まだ思いつかないです」

僕は「はい」と答えた。

その人は「湊さんは、そこは考えなくていいです」と言った。

言い方は、優しかった。突き放されたとも思わなかった。

ただ、そのとおりだった。僕は、そこを考えなくていい場所にいた。

止めるには時間がかかる

七月に、一つ計算違いがわかった。

僕は、当初の案で、終了の判断をしたら三ヶ月くらいで止まると考えていた。

止まらなかった。

サービスを終えるには、利用者への告知の期間が要る。有償で買われていて、まだ使われていないものをどう扱うかも決める必要がある。それを決めて、周知して、受け付けて、処理する。

法務の人と三回話した。この人は、九人のうち唯一、最初から最後までカメラを付けていた人だった。

その人の見立てでは、判断から実際の終了まで、最短で七ヶ月だった。

七ヶ月のあいだ、人月はほとんど減らない。運営は続くからだ。

僕は、案の数字を作り直した。作り直したら、四本を全部止めても、初年度の効果はほとんど出ないことになった。

この計算を、六月にやっておくべきだった。

七月 ―― 表に出ていなかったこと

もう一つ、七月にわかったことがある。

こちらのほうが、大きい間違いだった。

僕が作った人月の表は、タイトルごとに人数が割り振られている。九本の合計が、開発と運営の人数と合う。きれいな表だった。

きれいすぎた。

七月の頭に、「K」の人――開発の統括の人――とチャットで話していて、こう書かれた。

「そのへん、実際はけっこう跨いでますよ」

跨いでいる、というのは、同じ人が複数のタイトルを見ているということだった。

特に、サーバー側の仕組みを触る人が四人しかいない。この四人が、九本のうち七本を見ていた。

人月の表では、この四人は、タイトルごとに〇・五とか〇・三とかで割り振られていた。数字としては正しい。

ただ、四本を畳んでも、この四人は減らない。減らしたら、残る五本が止まる。

つまり、僕が出していた削減効果のうち、そこそこの部分が、実際には出ない。

僕は、その日のうちに全部作り直した。

作り直したあと、遠野さんに報告した。遠野さんは「気づいてよかったね」と言った。

それから、こう付け足した。

「湊くん、それ、行ってたら初日にわかってたやつだよ」

たぶん、そのとおりだった。

同じ人が別のタイトルの話をしているのを横で聞く。誰と誰がいつも一緒に昼を食べているかを見る。席の並びを見る。そういうところから入ってくる情報が、この四ヶ月、僕には一切なかった。

なかったことに、七月まで気づかなかった。

情報が足りないときは、足りないとわかる。足りていると思っていたのがいちばん悪い。

それ以降、僕は打ち合わせの最後に、必ず同じ質問をするようにした。

「いま僕が知らなくて、知っておいたほうがいいことって、何かありますか」

十四回聞いて、何か返ってきたのは五回だった。五回のうち三回は、表に出ていない話だった。

聞き方として、うまいとは思わない。ただ、これしか思いつかなかった。

生活 ―― 十一歩

二十八歳。年収は七百四十万円。

家は、1Kで家賃が十万三千円。机は、窓に向けて置いてある。

四ヶ月、僕はほとんどこの部屋にいた。

朝は九時に起きる。九時半に机に着く。打ち合わせは十時から。昼は、冷凍のものを温める。机から冷蔵庫まで、十一歩ある。数えたことがある。

夕方に一度、コンビニに行く。それが外に出る唯一の機会だった。行かない日もあった。

七月の第二週、僕は三日間、一言も声を出さなかった。打ち合わせが全部チャットで済んだ週だった。三日目の夜に、自分で「あ」と言ってみた。声が少しかすれていた。

六月に、椅子を買った。四万二千円。経費では落ちない。

体重は、四ヶ月で五キロ増えた。腰が痛くなったのは七月で、これは椅子を買ってからのほうがましになった。

同期とは、月に一回くらい、オンラインで話した。一人が「湊、顔色いいな」と言った。日に当たっていないからだと思う。

中間報告と、そのあと

七月三十日に、中間報告をした。

参加者は十一人。カメラを付けていたのは、社長と法務の人と、僕たち三人だった。

社長は、四本の終了検討について、ほとんど質問をしなかった。

質問が集中したのは、人を増やす二本のほうだった。どこから人を持ってくるのか。増やしたら伸びる根拠は何か。

一時間半のうち、一時間はその話だった。

僕は、その配分が正しいと思った。伸ばすほうが難しいからだ。

同時に、四本のほうが軽く扱われたようにも感じた。軽く扱ったのは僕かもしれない。僕の資料では、四本の説明は全部で六枚だった。伸ばす二本には、二十九枚使っていた。

一度だけ、社長が四本の話をした。

「この四本って、うちが最初に当てたやつが入ってるんですよね」

八年目のタイトルのことだった。この会社が十二年前に作った二本目で、いちばん長く続いている。

社長は、そのあと「まあ、それはそれとして」と言った。

そう言ったあと、二秒くらい何も言わなかった。オンラインの二秒は、長い。

僕は、その二秒で、この人がどういう顔をしていたのかを知らない。カメラは付いていたが、僕の画面では、社長の四角は右下の小さいところにあった。共有している資料が大きく映っていて、顔は親指の爪くらいの大きさだった。

最終報告は、八月二十日にやった。方針は、そのまま通った。

終わったあと、画面から一人ずつ消えていった。「お疲れさまでした」が七回流れて、最後に僕が退出した。

打ち上げは、なかった。誰も言い出さなかったし、僕も言わなかった。

後記 ―― 三月のスクリーンショット

翌年の三月、僕は電車の中で、自分のスマートフォンを見ていた。

ゲームのニュースをまとめているところに、八年目のあのタイトルの終了告知が出ていた。

終了は、その年の六月末だった。

告知の文面を、最後まで読んだ。八年間の御礼と、日付と、払い戻しの手続きが書いてあった。

文面の最後に、運営チームからの一段落があった。誰が書いたかは、書いていない。

僕は、緑の四角の人か、あの本棚の人が書いたのだと思った。どちらかはわからない。

四ヶ月、僕は二十七人と話した。顔を見たのは四人だ。名前と顔とアイコンが全部つながっている人は、たぶん三人しかいない。

その三人の中に、あのリーダーは入っている。

連絡はしていない。会社のアカウントは、もう使えない。

電車を降りて、改札を出て、そのまま次のクライアントの入っているビルに入った。その案件は、週に三日、現地に行く案件だった。

エレベーターの中で、僕は少しだけ、ほっとしていた。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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