体験記 No. 81

訳すと通ると気づいてから、私は訳しすぎた

案件産業用接着剤・シーリング材の日本法人・親会社向け収益性レビューへの対応
話の中心仮説構築
語り手香坂 千尋 / 36歳・マネージャー1年目
読了約9分 · 5,700字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
時差は八時間無償だった技術サービスに値段がついた

本社に説明するための資料を、日本法人の側から作る――香坂が、二十三時のオンライン会議の前後に書いた案件の記録。

二月の十七日、火曜日の二十三時に、私はイヤホンをつけて自分の部屋のテーブルに座っていた。

本社は現地の十五時だった。時差は八時間ある。

会議の名前は、Japan Profitability Review という。私はその会議に、クライアント側の席から出ていた。

香坂です。三十六歳。この春にマネージャーになって、一年目です。

アサイン ―― 二月

クライアントは、産業用の接着剤とシーリング材を作っている会社の日本法人だった。

親会社はヨーロッパにある。グループ全体で三万人くらいの会社で、日本法人は社員百四十人、売上が年間で九十八億円。

依頼は、親会社から来た問いに答えること。

その問いは一つだけだった。日本の営業利益率が、他の地域より低いのはなぜか。

グループ全体の営業利益率が十四・二パーセント。日本は六・八パーセントだった。

期間は四ヶ月。私と、四年目の寒川さんと、二年目の品川さんの三人。私は、この案件でマネージャーになった。

発注してきたのは日本法人の社長だった。五十八歳の方で、この会社に高卒で入って、営業から上がってきた人だ。

最初の打ち合わせで、その人はこう言った。

「本社に、日本は特殊だと言っても通じないんですよ」

それから、「あなたたちは外の人だから、言ってくれるかと思って」と言った。

私は、その時点で、この案件の構造を理解したつもりになっていた。

本社の二十六枚

最初に渡されたのは、本社が作った二十六枚の資料だった。英語で、Japan Deep Dive と書いてあった。

読んで、よくできていると思った。

地域別の損益を同じ様式に揃えて、売上総利益率、販管費率、人件費、物流費、在庫回転日数を並べている。日本は、売上総利益率が三十一・四パーセントで、グループ平均の三十六・八より五・四ポイント低かった。販管費率は逆に、三・一ポイント高い。

結論は、二行だった。

Gross margin is structurally lower. SG&A is not scaled.

構造的に粗利が低く、販管費が規模に合っていない。

その二行は、間違っていなかった。

間違っていないのだけれど、この二行から出てくる次の手は、値上げと人員削減の二つしかない。

日本は何が違ったのか

三月に、十九人に話を聞いた。営業、技術サービス、物流、経理、それと代理店の二社。

分かったことを、順番に書く。

一つ目。商流が違った。

グループの他地域は、大口の顧客に直接売っている比率が七割を超える。日本は、代理店経由が六割二分だった。代理店のマージンが、平均で八・四パーセント乗る。

二つ目。品番が多かった。

日本法人が扱う品番は千四百六十で、そのうち年間の出荷が十箱未満のものが五百三十一品番あった。全体の三割六分。売上の構成比では二・一パーセントしかない。

この五百三十一品番のために、小ロットの充填と、在庫と、管理が発生している。

三つ目。技術サービスが無償だった。

日本法人には、技術サービスの担当が十一人いる。この人たちは、客先に行って、接着の条件を一緒に決める。温度、圧力、硬化の時間。試作に立ち会う。不具合が出たら呼ばれる。

請求はしていない。営業の一部として、人件費は販管費に入っている。

グループの他地域には、この機能がこの規模ではなかった。あっても、技術サービス契約として有償だった。

社長は、それを「日本の商売はこうなんです」と言った。

代理店 ―― 三月十二日

代理店の一社に、品川さんと二人で行った。

東京から電車で一時間十分の、工場と倉庫が混ざった町にある会社だった。社員は二十六人。この会社との取引は三十四年あった。

通された部屋に、カレンダーが三つ掛かっていた。全部、別のメーカーのものだった。クライアントのカレンダーは、いちばん右にあった。

専務の方が出てきた。六十代だと思う。

その人は、クライアントの製品を売るときに、何をしているかを話してくれた。

客先の工場に、朝の七時半に行く。製造ラインが止まる前の時間に顔を出す。接着が剥がれたという連絡が来たら、現物を預かって、クライアントの技術サービスに渡す。

「うちは運んでるだけじゃないんですよ」とその人は言った。

私は、「八・四パーセント」という数字を頭の中に持っていた。持ったまま、その話を聞いていた。

帰りの電車で、品川さんが「あの八・四って、安いんですかね」と言った。

私は、「分からない」と答えた。

分からないと答えたのは、正直だったからではない。そこを調べると、集約の提案が出せなくなるからだった。

結局、調べなかった。代理店別の活動の内容と、マージン率の対応は、最終報告の資料にない。

上位十社に集約する、という一行だけがある。

二十三時

二月から五月まで、本社との会議は月に二回あった。全部、日本時間の二十二時か二十三時からだった。

一回が九十分から二時間。

本社のファイナンスの担当者は、ニルスという名前の三十代の人だった。その人が、だいたい最初に質問する。

三月十七日の会議で、私は商流と品番の話をした。

その人は、こう言った。

「Understood. But every country says they are different.」

分かった、でもどの国もうちは違うと言う、と。

そのとおりだと思った。

私は、そのとき、何も言い返せなかった。言い返せなかったというより、言い返す言語を持っていなかった。

会議が終わったのは、二十四時四十分だった。

イヤホンを外したら、右の耳の奥が痛かった。同じ側ばかりに押し付けていたらしい。

ベランダで、洗濯機の終わる音がしていた。二十三時に回したやつだ。干すか、明日にするかを一分くらい迷って、干した。

訳す

四月に入って、私は資料の作り方を変えた。

商習慣の説明をやめた。

代わりに、違いを全部、金額に直した。

代理店のマージン八・四パーセントを、売上総利益率の差の三・二ポイント分として置いた。小ロット品番の製造と在庫のコストを、原価に乗せて一・一ポイント。残りの一・一ポイントは、原材料の調達価格の差だった。これは本社が決めている。

販管費の三・一ポイント高い分を、項目別に割った。

そのうち一・九ポイントが、技術サービスの十一人の人件費と、その人たちの移動費だった。

逆に、日本のほうが低い項目もあった。物流費と一般管理費を合わせて一・一ポイント低い。倉庫を自社で持っていないからだ。

差し引きすると、営業利益率の差の七・四ポイントになる。五・四と三・一を足して、一・一を引く。

この引き算の一行を、私は資料の右下に小さく入れた。入れないと、足し算だけで八・五ポイントになって、数字が合わない。

つまり、日本法人の利益率が六・八で止まっているのは、代理店に払い、小さい品番を作り、技術サービスを無償で出しているからだ、という一枚になった。

それを英語にして、四月二十一日の会議で出した。

Free technical service: 1.9 pts of SG&A

その一行を出したとき、会議の空気が変わった。

ニルスは、「This is the first useful slide we got from Japan.」と言った。

日本から来た初めて使える一枚だ、と。

私は、その言葉を嬉しいと思った。

正直に書くと、かなり嬉しかった。半年近く、どの説明も通らなかったから。

社長が言わなかったこと

四月の下旬、社長と二人で話した。

社長は、資料を見て、しばらく黙っていた。

それから、「これ、よく通りましたね」と言った。

通りました、と私は答えた。

社長は、「技術サービスのところだけ、出し方を考えませんか」と言った。

私は、そのとき、「でも可視化しないと議論ができません」と答えた。

いま思えば、社長は「出すな」と言ったのではなかった。「出し方」と言っていた。

その違いを、私はその場で聞き返さなかった。聞き返さずに、自分の資料が通った話をしていた。

寒川さんが止めたこと

四月の十四日、四年目の寒川さんが、私に一度だけ反対した。

技術サービスの一・九ポイントを一枚にする案を見せたときだ。

寒川さんは、「これ、出したら戻せないですよ」と言った。

私は、「でも事実です」と答えた。

寒川さんは、「事実なんですけど」と言って、それから少し考えて、「順番の問題かもしれません」と言った。

有償化の設計を先に作って、それと一緒に出すなら分かる。でも、費用だけ先に見せると、設計を待たずに削る話になる、と。

私は、「会議まで二週間しかない」と言った。

それは本当だった。本当だったけれど、二週間で設計の骨格だけでも作ることは、たぶんできた。

寒川さんは、それ以上言わなかった。

五月の中間報告のあと、寒川さんは何も言わなかった。言わないことで、私は一度思い出した。

中間報告 ―― 五月十九日

五月十九日の二十二時から、本社向けの中間報告をした。

出席は、本社の地域統括の役員、ファイナンスの二人、それと日本法人の社長と営業本部長。私と寒川さんが説明した。

私が提案したのは三つだった。

一つ、小ロット品番のうち出荷が年十箱未満の五百三十一品番を、二年で二百以下に減らす。 二つ、代理店の階層を見直し、上位十社に集約して、マージン率を再交渉する。 三つ、技術サービスを有償化する。年間契約と、スポットの時間単価。

三つ目について、私は「段階的に」と説明した。既存の顧客には、二年の移行期間を置く。

地域統括の役員は、三つ目だけに反応した。

「How much of this 1.9 points can we take out next year?」

来年、この一・九ポイントのうちどれだけ取れるか、と。

私は、「有償化で回収できるのは、初年度は三割程度の見込みです」と答えた。

その人は、「And the rest?」と聞いた。

残りはどうするのか、と。

私は、「残りは、顧客が契約しない場合、サービスの提供量を調整することになります」と答えた。

調整という言葉を使ったのは、私だ。reduce とは言わなかった。でも、その場の全員が同じ意味で受け取ったと思う。

生活 ―― 三十六歳

年収は千百四十万円になった。マネージャーに上がって、二百三十万円増えた。

家賃は十六万八千円。二人で住んでいる。相手は同業ではない。

この案件の私の残業時間は、二月が六十一時間、三月が七十四時間、四月が八十八時間、五月が七十九時間だった。

数字だけ見ると、壊れるほどではない。

ただ、この案件の残業は、全部夜の後ろ側についた。二十二時から二十四時半までの会議が月に二回で、その前日は準備で遅くなる。

二月の終わりから、朝が起きられなくなった。起きられないというより、起きても頭が動くまでに一時間半かかるようになった。

コーヒーを、一日に四杯から六杯に増やした。六杯目を十六時に飲むと、その日は寝つけない。それが分かっていても飲んだ。

四月に、歯を痛めた。夜に歯ぎしりをしているらしいと歯医者で言われて、マウスピースを作った。一万四千円だった。

五月の連休は、三日休んだ。

二日目に、相手と近所の喫茶店に行った。そこで、私は仕事の話を三十分くらいしていたらしい。

相手は、「千尋、いま英語で喋ってたよ」と言った。

日本語で喋っていたつもりだった。たぶん、単語がいくつか混ざっていた。

少し笑って、そのあと、自分がどこの言葉で考えているのか、分からなくなった。

最終報告 ―― 六月

六月十六日に、最終報告をした。

三つの提案は、全部承認された。品番の削減と代理店の集約は、日本法人の計画に入った。

技術サービスの有償化も入った。ただし、承認された文書の書き方は、私が書いたものと少し違っていた。

私は「二年の移行期間を置いて段階的に有償化する」と書いた。

承認された文書には、「In FY+1, technical service cost to be reduced by 0.8 pts」と書かれていた。

移行期間の二年は、注記に残っていた。注記の六番目だった。

後記 ―― 翌年の二月

一年後、日本法人の社長から連絡があった。別の相談で、食事に行った。

技術サービスは、十一人から八人になっていた。

二人が他の部署に移って、一人が辞めた。辞めたのは、この会社に二十二年いた人で、客先との付き合いがいちばん長い人だった。

有償化の契約は、上位の顧客十四社のうち九社が結んだ。残り五社は結ばなかった。結ばなかった五社のうち二社は、売上が落ちた。

社長は、「まあ、こうなるとは思ってましたよ」と言った。

それから、「あれは、出し方を考えませんかって言ったんですけどね」と言って、笑った。

責められてはいなかった。責められていなかったのが、いちばんしんどかった。

もう一つ、書いておく。

去年の十月に、本社が作ったグループ全体の資料に、私の一行が引用されていた。

Japan: free technical service = 1.9 pts

その資料に、二年の移行期間の話はなかった。注記もなかった。

引用される一行は、私が選んだ一行だった。注記は、私が注記に置いた。

いま、別の国の法人が同じレビューを受けているらしい。資料の様式は、私が作ったものだと聞いた。

それを聞いたとき、私は少し誇らしかった。誇らしいと思った自分のことを、まだ処理できていない。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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