体験記 No. 59

議事録に「特段の意見なし」と書かれた三十四分間を、私は書き起こした

案件ビルメンテナンス会社・取締役会の実効性評価
話の中心仮説構築
語り手湯浅 / 34歳・中途2年目(前職・地方紙の記者)
読了約8分 · 5,200字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
年4回・1回あたり2時間48分社外取締役の発言は全体の6%

聞くことだけは自信があった。その自信が、いちばん効かない部屋に通されるとは思っていなかった――湯浅が、沈黙の測り方について書いた記録。

四月の第二週、私に渡されたのは、過去二年ぶんの取締役会の議事録だった。二十四回ぶん。全部で四百十ページあった。

湯浅です。三十四歳。前の職場は地方紙で、社会部に八年いた。この会社に中途で入って、二年目になる。

アサイン ―― 四百十ページ

クライアントは、ビルメンテナンスの会社だった。

オフィスビルと商業施設の清掃、設備管理、警備の一部。売上が四百三十億円。従業員は正社員が九百人で、現場のパートまで入れると一万二千人を超える。上場して十四年になる。

依頼は、取締役会の実効性評価だった。

株主総会の前に、取締役会がちゃんと機能しているかを自分たちで点検して、その結果を開示する。それを毎年やっていたが、三年目からアンケートの回収率が落ちた。設問への回答が、全員ほぼ同じ文面になった。

「外の人にやってもらったほうがいいんじゃないか、という話になりまして」

そう説明したのは、総務部長だった。五十四歳。この人が事務局をやっている。

期間は四ヶ月。チームは三人。私は、実質の現場担当だった。

マネージャーの真柄さんが、初日に言った。

「湯浅さん、これ、現場に行く案件じゃないから」

私は意味がわからなかった。

意味は、一週間でわかった。この案件で私が入る部屋は、本社十二階の役員応接と、同じフロアの会議室の二つだけだった。清掃の現場にも、ビルにも、一度も行かなかった。四ヶ月で一度もだ。

立ち上がり ―― 時間を数える

最初にやったのは、議事録を読むことではなかった。

数えることだった。

二十四回ぶんの取締役会について、開始時刻と終了時刻、議題の数、議題ごとの所要時間、発言者と発言回数を、一つの表にした。議事録には所要時間が書かれていないので、事務局に残っていた録音の記録簿と、会議室の予約表から割り出した。

十日かかった。

出てきた数字は、こうだった。

一回あたりの平均は二時間四十八分。議題は平均で十四件。そのうち決議事項が九件、報告事項が五件。

決議事項の九件のうち、議論らしい議論があったのは平均で一・八件だった。残りは、説明のあと「ご異議ございませんか」で終わっている。

発言量の内訳も出した。社長が全体の三十一パーセント。専務と常務で二十四パーセント。事務局の説明が三十パーセント。社外取締役三人の発言を合計すると、六パーセントだった。

社外取締役は三人いる。一人は弁護士、一人は元・別業種の経営者、一人は大学の先生。全員、就任から四年以上になる。

六パーセントというのは、二時間四十八分のうち、三人合わせて十分ということだ。

「そういうものだと思っていました」

五月に入って、私は全役員へのインタビューを始めた。

取締役が九人、監査役が三人。十二人に、一人一時間ずつ。

最初に話を聞いたのは、専務だった。六十一歳。現場の出身で、この会社に三十八年いる。

私は、社外取締役の発言が六パーセントであることを見せた。

専務は数字をしばらく見て、こう言った。

「これは、少ないんですか」

質問だった。嫌味ではなかった。この人は、本当に知らなかった。

私は「他社と比べた水準は、いまお出しできません」と答えた。答えながら、そこが要点ではないと思っていた。要点は、この人が一度も比べたことがない、ということのほうだった。

「そういうものだと思っていました」と、専務は言った。

十二人のうち、似たことを言った人は、七人いた。

前職の癖

ここで、前の仕事の話を一度だけする。

新聞社にいたころ、私は人に話を聞くのが得意だと思っていた。実際、そこそこできたと思う。役所でも、事件の周辺でも、三十分あれば、相手が予定していなかったことを一つは言わせられた。

その技術は、こういう順番でできている。まず相手の警戒を測る。それから、答えやすい事実から聞く。相手が話し始めたら、相槌を減らす。沈黙を置く。沈黙が長いと、人は埋めたくなる。

この技術が、役員相手にはまったく効かなかった。

沈黙を置くと、向こうも黙る。そして二十秒くらいで「他にご質問は」と言う。

新聞記者に話す人には、話す動機がある。言いたい、知らせたい、誰かを困らせたい。その動機に乗るのが私のやり方だった。

この部屋の人たちには、動機がなかった。話しても得しない。話すと、隣の椅子に座っている人との関係が変わる。

六月のある日、私は自分の手帳に「聞く技術ではない」と書いた。書いてから、しばらくペンを置いていた。

匿名化を設計する

方法を変えた。

やったのは、聞き方の工夫ではなく、仕組みのほうだった。

第一に、インタビューの記録を、私と真柄さん以外の誰も見られないようにした。総務部長にも渡さない。それを、インタビューの冒頭に紙で示して説明した。

第二に、報告書に個別の発言を載せるときの形を、先に決めて見せた。誰が言ったかは書かない。属性も書かない。「社外取締役の一人が」という書き方すらしない。「複数名から、こういう趣旨の指摘があった」という形にする。ただし、一人しか言っていないことは載せない。

第三に、これがいちばん効いたのだが、「載せたくないと後から言われたものは削る」と約束した。インタビューのあと、一週間以内なら取り消せる。

三人が、実際に取り消した。

取り消されなかった残りの中に、最初のときには絶対に出てこなかった種類の話が入っていた。

二度目のインタビュー

大学の先生の社外取締役には、二度話を聞いた。五十八歳。専門は会計で、就任して五年目になる。

一度目は五月で、四十五分で終わった。当たり障りのない話だった。

二度目は六月の末で、匿名化の紙を渡してから始めた。この人は紙を最後まで読んで、それから「これ、本当に守られるんですか」と聞いた。

私は「守られなかったら、私の次の仕事がなくなります」と答えた。

先生は笑って、それから一時間五十分しゃべった。

いちばん長く話したのは、資料が届く時間のことだった。取締役会の資料は、前日の夕方にメールで届く。二百ページ近いこともある。翌日の十時から会議がある。

「私は前の日の夜に読みます。読めない日もあります」

「読めていない日に、私は質問をしないんです。質問をすると、読んでいないことがばれるので」

私は「読んでいない、と言うことはできませんか」と聞いた。

先生は少し黙って、「できないですね」と言った。

「私は学者として呼ばれているので、わからないと言ったら、何のために座っているのかという話になります」

この話は、報告書に入れた。誰が言ったかは書いていない。

事前配布を七日前にする、という提言は、ここから出た。七日という数字に根拠はない。先生が「一週間あれば読めます」と言ったから、そうしただけだ。

三十四分

六月の下旬に、私は一つの議題に戻った。

二年前の十一月の取締役会に、子会社の設備管理事業の譲受けという議題があった。金額は十八億円。この会社の経常利益の、一年分より少し多い。

議事録には、こう書いてあった。

「上記について説明がなされ、審議の結果、原案どおり承認可決された。なお、特段の意見はなかった」

私が作った時間の表では、この議題に三十四分かかっていた。

十四件の議題のうち、いちばん長い。二番目に長い議題が十一分だった。

三十四分かけて、特段の意見がない。

事務局に、録音が残っているかを聞いた。残っていた。規程では一年で廃棄することになっていたが、外付けのハードディスクに残っていた。総務部長は「これ、消し忘れです」と言った。

私は、その三十四分を全部書き起こした。四時間かかった。前職以来だった。

出てきたのは、こういうものだった。

社外取締役の一人が、譲受けの価格の算定根拠について三回聞いている。三回とも、答えたのは事務局だった。三回目のあと、社長が「これは以前からの経緯がありまして」と言って、経緯の説明が九分続いた。

社外取締役は、そのあと何も言っていない。

最後に、議長が「ご異議ございませんか」と聞いて、誰かが「異議なし」と言った。

「特段の意見はなかった」という一行は、嘘ではない。反対意見が出て採決になった、という事実はないからだ。

ただ、三十四分のうち、価格の話をしていたのは十一分で、経緯の話をしていたのが九分だった。

中間報告 ―― 一分間の沈黙

七月九日に、中間報告をした。

出席は、社長、専務、社外取締役三人、常勤監査役、総務部長。

私が出したのは三枚だった。時間配分の表。発言量の内訳。それから、匿名化したインタビューの抜粋が十二項目。

三十四分の件は、この日は出していない。真柄さんと相談して、最終報告に回した。

説明は二十分で終わった。

そのあとが、長かった。

社長が「これは、うちの会議のことですよね」と言った。私は「はい」と答えた。

それから、誰も何も言わなかった。

私は時計を見ていた。四十秒くらいだと思う。あとで真柄さんに聞いたら「一分は超えてた」と言われた。

最初に口を開いたのは、弁護士の社外取締役だった。六十七歳。

「これ、私の六パーセントですよね」

そう言って、少し笑った。

「私は、言っていないつもりはなかったんです。でも、数えられると、そうですね」

それから、こう続けた。

「私が聞かなかったのは、聞いても答えが返ってこないとわかっていたからです。それは、私の側の怠慢ですか、会社の側の問題ですか」

私は「両方だと思います」と答えた。

いま思うと、これはよくない答えだった。両方と言うのは、どちらも指していない。この人が聞いていたのは、どちらを直すかという話だったはずだ。

生活 ―― 座っているだけ

三十四歳。年収は千二十万円。前職の最後の年は五百四十万円だった。

この案件で、私は一日の大半を椅子に座って過ごした。現場がないので、移動がない。取材なら、一日に二万歩くらい歩いていた。

六月に、体重が四キロ増えた。

腰が痛くなったのは、七月の頭だった。前職で腰を痛めたことは一度もない。

家は、会社から電車で三十分の1LDK。家賃は十四万八千円。前の職場のときは、県庁の近くに借りた六万二千円の部屋に住んでいた。広さは、いまのほうが少し狭い。

深夜に書き起こしをやっていると、キーボードの音だけがする。前職では、書き起こしは早く終わらせたい作業だった。いまは、この作業をしているあいだだけ、自分が何の役に立っているかがはっきりしている。

そのことに気づいたとき、少し嫌な気持ちになった。

最終報告と、そのあと

八月二十日に、最終報告をした。

報告書はA4で三十八ページ。提言は七つ。

事前配布を七日前にする。議題の説明時間に上限を置く。決議事項と報告事項を前後で分ける。社外取締役だけの会合を年二回設ける。事務局の説明と執行側の説明を分ける。年次評価の設問を毎年入れ替える。それから、審議時間の記録を取り続ける。

三十四分の件も、報告書に入れた。書き起こしそのものは載せず、「一議題に三十四分を要しながら、議事録上は意見なしと記録された事例がある」という形にした。

社長は「これは、直したほうがいいですね」と言った。

その言い方に、私は少し引っかかった。「直します」ではなく「直したほうがいい」だった。

七つの提言のうち、五つは翌月から実施された。事前配布は七日前になった。社外取締役だけの会合も開かれた。

後記 ―― 翌年

翌年の六月、開示資料が出た。

実効性評価は、自社で実施したと書いてあった。設問は十六問。前の年に私たちが入れ替えを提言した設問が、いくつか使われていた。

外部の第三者を使った、とは書いていない。二年目を頼まれなかった、というだけの話だ。事務局の予算のこともあるし、毎年外に出す会社のほうが少ない。真柄さんは「まあ、そういうもんだよ」と言った。

審議時間の記録が続いているかどうかは、資料からはわからなかった。

弁護士の社外取締役は、その年の総会で退任していた。任期満了と書いてあった。理由はわからない。

一つだけ、ときどき思い出すことがある。

あの三十四分の録音は、規程どおりなら、もうなかったものだった。消し忘れていたから、私はあれを聞けた。

きちんと運用されている会社だったら、私は何も見つけられなかった。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

タイプ診断へ 他の話を読む