体験記 No. 18

安全在庫の理論値を出す前に、三週間かけて品番を数え直した

案件日用品メーカー・需給計画と在庫適正化
話の中心仮説構築
語り手郡司 / 33歳・入社10年目
読了約8分 · 4,900字
案件の時間軸 ―― 着任から最終報告までの、ひと通り
アサイン
立ち上がり
仮説構築
中間報告
最終報告
名寄せ後に品番が7,412欠品を一度出した課長

分析に入るまでに三週間かかった。その三週間を誰も成果と呼ばない――昇進の面談を一度断った郡司が、腐ったマスタと欠品の恐怖を数え直した記録。

倉庫の事務所は、冬でもドアを開けていた。フォークリフトが出入りするからだ。私は借りたパイプ椅子に座って、膝の上のノートパソコンで、同じ商品の三つの名前を見比べていた。手が冷えて、ホイールを回す指の感覚が鈍くなる。ダウンを着たまま仕事をするのは、この年になっても慣れない。

郡司です。33歳、入社10年目。同期の半分はもういない。残った半分のうち、私以外はマネージャーになっている。私は去年の秋、昇進の話を一度断った。断るという言い方が正確かは分からない。「もう1年、手を動かす側でやらせてください」と言った。上長は「分かった」とだけ言って、その面談は12分で終わった。

アサイン ―― 三割、という数字

クライアントは、創業54年の日用品メーカー。洗剤や紙製品を作っている。売上は760億円で、直近3年は横ばい。工場が3つ、物流拠点が5つ。

依頼は「在庫を3割減らす」だった。3割の根拠は、社長が業界誌で読んだ他社の事例らしい。経営企画部長の南木さんは、初回の打ち合わせでそれを隠さなかった。「率直に言うと、3割に根拠はありません。ただ、うちの在庫は多いという感覚は、全員が持っています」。正直な人だった。正直なカウンターパートに当たると、プロジェクトは半分楽になる。

チームは、マネージャーの寺井さん、私、それと2年目の柚木さん。寺井さんは私より2つ下で、5年前は同じチームで私の下にいた。その事実について、私も寺井さんも一度も触れない。触れないことで成立している関係というのが、この業界にはたくさんある。

立ち上がり ―― データはあります、と言われる

キックオフの週に、需給計画の担当者にヒアリングをした。生産管理部の課長で、真下さんという50代の人だった。

真下さんは「データはありますよ」と言った。この言葉を、私はこの10年で何百回も聞いた。そして、そのうち素直に受け取ってよかったのは、たぶん10回もない。

出てきたのは、基幹システムから吐いた在庫データのCSVだった。3年分、月末残高。行数は約58万。開いてみて、私は最初の10分で3つのことに気づいた。

一つ、品番が9,880ある。年間で1度も動いていないものが2,400含まれている。二つ、単位が混ざっている。ケースと本と箱が同じ列に入っていて、区別する列がない。三つ、同じ商品が名前を変えて複数の品番で登録されている。パッケージのリニューアルのたびに新しい品番を切って、旧品番を閉じていない。

柚木さんが「これ、どうするんですか」と聞いた。私は「数えます」と答えた。

三週間 ―― 成果と呼ばれない仕事

寺井さんに「3週間ください」と言った。寺井さんは少し黙ってから、「工程表のどこに置く?」と聞いた。良い問いだった。

私たちは工程表に「マスタ整備」という名前の3週間を作った。作らなければ、その3週間は「まだ分析に入っていない期間」として扱われる。名前をつけると、進捗になる。この業界で10年やって覚えた数少ない知恵の一つがそれだ。

やったことは、地味の一言に尽きる。品番マスタと、生産実績と、出荷実績と、倉庫のロケーション台帳を突き合わせる。同じ商品に見えるものを、パッケージの写真とJANコードと内容量で確認する。写真は真下さんの部下が撮りためた社内のフォルダにあった。撮った人は、なぜ撮っていたのかを覚えていなかった。

倉庫にも行った。データ上は在庫がゼロなのに棚に積まれているパレットが、第2倉庫の奥に14あった。返品されて、システムに戻す処理をしないまま3年置かれていた。倉庫長は「あれは、ないことになってるやつです」と言った。ないことになっているものが、ある。この会社に限った話ではない。

3週目の金曜、名寄せが終わった。9,880あった品番は、実在するもので7,412になった。単位はケース基準に統一した。休止品と現行品を分けた。ここまでで、私たちはまだ在庫を1円も減らしていない。

3週目の水曜、寺井さんが倉庫の事務所まで来た。21時過ぎで、フォークリフトはもう止まっていた。名寄せの途中経過を見せると、寺井さんは10分ほど黙って見て、それから「郡司さん、この休止品の判定、出荷実績だけで切ってます?」と聞いた。切っていた。「生産実績も見た方がいいです。作ってるのに出てないやつが、いちばん危ないので」

正しかった。実際、そのあと生産実績を突き合わせて、休止品に分類しかけていた品番のうち38件が現行品だと分かった。指摘は的確だった。的確で、私は5年前に自分がこの人に教えたことを、5年後に教え返されたのだと気づいた。悔しい、というほどではない。ただ、帰りのレンタカーの中で、同じ曲を3回リピートした。そういう夜の処理の仕方しか、私は持っていない。

柚木さんが「これ、報告するとき、どう言えばいいですか」と聞いた。私は「分析の前提を作りました、と言うしかない」と答えた。柚木さんは「地味ですね」と言った。地味だ。私は「地味な仕事は、後ろの全部の桁を決める」と答えた。答えながら、自分がこの十年でこの台詞を何回言ったかを考えて、少しだけ嫌になった。

仮説 ―― 数式が当たらない場所

マスタが揃って、ようやく需要のばらつきを測った。品番ごとの出荷の変動係数を出して、リードタイムと目標欠品率から安全在庫の理論値を計算する。教科書どおりの手順だ。

出てきた理論値の合計は、実在庫の56%だった。つまり、理屈の上では44%減らせる。社長が言った3割を軽く超える。

私はその数字を、すぐには出さなかった。10年やっていると、教科書どおりに一発で答えが出たときほど、どこかが間違っていると疑うようになる。

疑った先は、当たっていた。品番別に理論値と実績の乖離を並べると、上位30品番で乖離の6割を占めていた。その30品番のうち22が、ある一つの取引先向けの商品だった。

真下さんに聞いた。真下さんは、しばらく黙ってから言った。

「あの取引先で、7年前に欠品を出したんです。私が担当でした。棚が2日、空きました」

そのあとの話は、あまり整理されていなかった。整理されていないところが、いちばん本当らしかった。役員に呼ばれた。取引先の本部に3人で謝りに行った。以来、その取引先向けの在庫は、真下さんが手で上乗せしている。システムの計算値の上に、経験値を足す。足す量は年々少しずつ減っているが、ゼロにはしていない。

「計算では要らないのは、分かってるんです」と真下さんは言った。「ただ、また2日空いたときに、それを決めたのが計算だったのか私だったのかは、社内では区別されないので」

私は、その日のヒアリングメモに、変動係数の話を一行も書かなかった。書いたのは「欠品の記憶は、担当者の個人資産として管理されている」という一文だけだった。あとから読み返して、少し格好つけすぎだと思った。

中間報告 ―― 44%と言わなかった

中間報告は、役員6人に対して90分。寺井さんが前半、私が分析パートを持った。

理論値では44%削減可能、という数字を、私たちは資料に載せなかった。載せたのは「品番を3つの層に分けて、層ごとに削減の考え方を変える」という組み立てだった。動きが安定していて代替が効く層は理論値に寄せる。売り先が集中していて欠品時の影響が大きい層は、理論値に「合意された上乗せ」を明示的に足す。休止品は、廃棄の意思決定を別のテーブルに上げる。

削減の目安として置いたのは、24%だった。社長が言った3割より小さい。

案の定、社長が「3割じゃないの」と言った。寺井さんが答える前に、私が答えた。「3割を出すには、いま真下さんが個人で持っている上乗せを、会社の判断に置き換える必要があります。その置き換えを今期中にやるかどうかを、決めていただきたいです」

会議室が、少し静かになった。真下さんは下を向いていた。私はそのとき、自分がやっていることが正しいのかどうか、判断できなかった。彼を守ったつもりでいたが、名前を出したのは私だ。

社長は「置き換えってのは、要するに誰が責任を持つかって話だな」と言った。「そうです」と答えた。「じゃあ、うちの責任にするしかないな」と社長は言った。あっさりしていた。あっさりしすぎていて、逆に信じられなかった。

会議のあと、廊下で真下さんに謝った。名前を出してすみませんでした、と言った。真下さんは「いや」と言って、少し間を置いて、「7年、誰にも聞かれなかったので」と言った。聞かれなかったことを、この人は7年、毎月の上乗せという形で表明し続けていた。表明していたのに、誰も読まなかった。読み方を知らなかっただけかもしれない。私も、最初の1ヶ月は読めていなかった。

生活 ―― 増えない使い道

その頃、私は月の半分をクライアント先の近くのホテルで過ごしていた。駅前の、朝食がバイキングの、7,800円の部屋だ。同じ部屋番号を指定できるようになると、その街に少し住んでいる気になる。

10年目の給与は、同期のマネージャーより2割ほど低い。それでも口座は増えていく。使う時間がない。去年、何を買ったかを思い出そうとして、思い出せたのは中古のスピーカーだけだった。2万4千円。日曜の午前中に鳴らして、午後には寝ている。

昇進を断った理由を、人には「まだ手を動かしたい」と説明している。半分は本当だ。もう半分は、寺井さんのように毎週パートナーに詰められて、若手の仮説の歪みまで責任を負う姿を見て、自分には無理だと思ったからだ。無理だと思ったことを、意志として言い換えて生きている。そのことを、たぶん寺井さんは気づいている。

最終報告と、その後

最終報告は6ヶ月目だった。在庫は、報告時点で実績17%減。目標の24%には届いていない。

届かなかった主因は、休止品の廃棄が進まなかったことだった。会計上の評価損を今期に出すか来期に出すかで、経理と事業部が半年もめた。私たちが計算した簿価は1億8千万円で、その数字自体は誰も疑わなかった。疑われないまま、決まらなかった。

真下さんの上乗せは、「安全在庫の追加係数」という名前で、需給会議の議題になった。個人の記憶が、会議の1行になった。数字は、私たちが提案した水準よりまだ2割多い。真下さんは会議で「まだ怖いので」と言ったそうだ。そう言えるようになっただけで、たぶんこの案件の意味の半分はある。

後記 ―― 7,412の行

案件が終わって3ヶ月後、真下さんからメールが来た。品番マスタの名寄せ表を、社内の別の部署が使い始めた、という報告だった。営業が販売分析に使っているらしい。

私が3週間かけて作った、あの表だ。報告書には一行も載っていない。最終報告のスライドにも出てこない。うちのファームの評価シートにも、「マスタ名寄せ」という項目はない。

柚木さんは、その年の秋に別の案件に移った。移る前に「郡司さんの下、勉強になりました」と言われた。半分は社交辞令の言い方だった。半年後、彼女が新しい案件で最初にやったのがマスタの突き合わせだったと、別のチームの人づてに聞いた。聞いたとき、自分でも驚くくらい嬉しかった。嬉しかったすぐあとに、自分がこの10年で残したものが「面倒な作業を先にやる癖」の伝播だけかもしれない、と思って少し暗くなった。誇りと侘しさが、同じ日の午前と午後に来る。

それでも、その表はいまも誰かのフォルダで開かれている。7,412行のエクセルだ。私はそれを、成果と呼んでいいのかどうか、まだ決めかねている。決めかねたまま、次の案件でもたぶん同じことをする。

倉庫の第2倉庫の奥にあった14パレットは、最終的に廃棄された。処理の日、私は現場にいなかった。写真だけ送られてきた。空いた床は思ったより狭くて、3年ぶんの「ないことになっていたもの」が占めていた面積としては、拍子抜けするくらいだった。

ことわり

この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。

しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。

この話の翌週、あなたなら何をする?

同じ現場に立ったとき、どう動くタイプなのか。16問で当たりをつけられます。

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