「現場が分かる」が武器のはずだった。それが最初の三週間を潰した
現場の言葉が分かることは、この仕事では強みにも呪いにもなる――元エリアマネージャーの磯貝が、88席のコールセンターで最初の三週間を溶かした記録。
コールセンターのフロアは、思っていたより静かだ。88席が全部埋まっていても、聞こえるのは低い話し声の重なりで、うるさいというより、水の音に近い。天井近くの壁に、大きなモニタが2つある。左が待ち呼の数、右がその日の応答率。数字は、30秒ごとに書き換わる。
磯貝です、と名乗ると、たいてい「前は何をされてたんですか」と聞かれる。中途3年目、33歳。この会社に入る前は、アパレルの販売にいた。店に立って、そのあと3年ほど、6店舗を見るエリアマネージャーをやっていた。数字を追いながら、人が辞める理由を毎月聞いていた。
その経歴が、この案件の理由だった。マネージャーの本間さんに言われた。「磯貝さん、現場わかるでしょ。センターの人、コンサル嫌いだから」
アサイン ―― 現場が分かる、という前提
クライアントは、健康食品の通信販売。サプリメントの定期購入が売上の8割を占めている。自社のコールセンターが1つあって、88席。受注と、問い合わせと、解約の受付を全部そこでやっている。
課題は、はっきりしていた。応答率が78.4%。10本かかってきて、2本は取れていない。取れなかった呼のうち、かなりの割合が新規の注文だと推定されていた。単純に、売上が漏れている。
もう一つが、離職率だった。年間で46%。オペレーターが半分弱、1年で入れ替わる。採用と研修に、年間で相当な金額がかかっていた。研修は3週間で、その間の人件費は当然コストだ。46%というのは、この業界では特別に悪い数字ではない。悪くない数字が、経営の負担になっている、という状態だった。
キックオフで、先方のセンター長は「またコンサルさんですか」と言った。前にも一度、別の会社が入っていたらしい。「そのときは、AI導入して自動化しましょう、で終わりました」と言われた。導入されていない。
僕は、そのやりとりを聞きながら、内心で少し安心していた。この人たちの言い分は、僕には分かる。店に外部の人間が来て、机上の数字を並べて帰っていくのを、僕は前職で何度も見た。今回は自分がその「外部の人間」だが、少なくとも、何が地雷かは知っている。そう思っていた。
立ち上がり ―― ヒアリングが、愚痴の受け皿になる
最初の3週間、僕はフロアに毎日いた。朝礼は9時15分。SV(スーパーバイザー)が5人いて、それぞれ十数人のオペレーターを見ている。僕はSVの1人ずつと、オペレーターの十数人と、順に話をした。
会話は、驚くほどスムーズだった。
僕が「解約の電話って、どのくらいしんどいですか」と聞くと、みんな話してくれた。マニュアルどおりに引き止めを3段階やらないといけないこと、それをやると怒られること、怒られたあとの後処理でメモを書くのに時間がかかること、その時間が評価上は「稼働していない時間」に見えること。
僕は「分かります」と何度も言った。本当に分かったからだ。店にいた頃、返品対応のあとにレジ締めの数字が合わなくなるのと、構造がよく似ていた。
SVの沖田さんという40代の方には、休憩室で20分くらい、システムの文句を聞いた。顧客の画面が3つのシステムに分かれていて、解約の受付をするのに、そのうち2つを行き来しないといけない。「毎回、こうやって首を振るんですよ」と言って、沖田さんは実際に左右にモニタを見る動きをしてみせた。僕は笑って、「それは疲れますね」と言った。
3週間で、僕のノートは埋まった。埋まっていたのは、ほとんどが不満だった。
三週目のレビュー ―― 「で、事実は?」
3週目の金曜、本間さんとのレビューだった。僕は、聞いてきたことを整理して出した。現場の課題を7つに分類して、それぞれに現場の声を引用でつけた。よくできた資料だと、自分では思っていた。
本間さんは、10分ほど黙って読んで、それから聞いた。
「磯貝さん、この『画面を3つ行き来する』ってやつ、1件あたり何分かかってます?」
僕は、答えられなかった。
「解約の引き止めが3段階って、実際に何段階目まで実施されてます? 実施率は?」
答えられなかった。
「後処理の時間、平均何分ですか」
これも、答えられなかった。ACD(着信呼分配装置)のログを見れば取れる数字だ。取れる数字を、僕は3週間、一度も取っていなかった。
本間さんは、責めなかった。「磯貝さんの3週間で、現場との関係はできてます。それは資産です。ただ、いまのところ、資産のまま置いてある」と言った。「不満って、論点そのものじゃないんですよ。論点がどっちにあるかを指してる矢印なんです。矢印を集めてきても、まだ何も測れていない」
そのとおりだった。反論する余地がなかった。
いちばんこたえたのは、そのあとに本間さんが言ったことだ。「磯貝さん、たぶん、現場の人に嫌われたくないんだと思う」
図星だった。僕は、この案件で自分の役割を「現場と経営の橋渡し」だと思っていた。橋渡しは、聞こえがいい。実際にやっていたのは、現場の言い分を持ち帰って、それを翻訳せずに置いておくことだった。翻訳しないでおけば、誰も傷つけない。傷つけないかわりに、何も動かない。
前職でエリアマネージャーをやっていたとき、僕は店長たちの味方だった。本社の施策に対して、現場が無理だと言えば、僕はそれを本社に伝える役をやっていた。伝えるだけで、何も変えられなかったことも、たくさんあった。あのときの自分と、同じことをしていた。33歳になって、職業を変えて、同じところに立っていた。
組み直し ―― 共感を、設問に変える
4週目から、やり方を変えた。
まず、システムのログを全部出してもらった。1日あたり約3,100本の着信。平均通話時間6分42秒。後処理時間の平均が3分18秒。これは長い。業界の目安からすると、1分半は長い。
3分18秒の中身を分解するために、僕はモニタリングをやった。オペレーターの後ろに座って、ヘッドセットで同じ音声を聞きながら、操作を見る。1日6時間、それを4日やった。4日目の夕方、頭が痛くなった。人の声を6時間、感情を込めて聞くのは、思っていたよりずっと消耗する。オペレーターは、それを毎日8時間やっている。
分解の結果、後処理の3分18秒のうち、平均1分54秒が「同じ内容を2つのシステムに入力している」時間だった。沖田さんが首を振ってみせた、あの動きだ。彼女の不満は、正確に事実だった。ただ、彼女は「1分54秒」とは言えない。それを測るのは、僕の仕事だった。
年間に直した。1日3,100本のうち、後処理が発生するのが約2,400本。1本あたり1分54秒。年間で、およそ1万9,000時間。オペレーターの人数に換算すると、10人分を少し超える。
この数字を沖田さんに見せたとき、彼女は少し黙って、「10人ですか」と言った。それから「言い続けてたんですけどね」と言った。責める調子ではなかった。3年、言い続けていたらしい。
中途3年目の、居場所の話
この案件の途中で、社内の評価面談があった。中途で入って3年、僕はまだ「コンサルタント」の等級にいる。新卒で入った同じ等級の子は、26歳だ。
評価者に「磯貝さんの強みは現場感覚ですね」と言われた。3年連続で、同じことを書かれている。褒められているのは分かる。分かるのだが、3年同じ言葉が続くと、それは「それ以外がない」という意味にも読める。
新卒で入った人たちは、1年目からロジックの型を叩き込まれている。イシューを立てて、構造で切って、示唆を書く。その型が、彼らには身体に入っている。僕には入っていない。僕に入っているのは、店長が「無理です」と言うときの声の高さで、それが本当に無理なのか、やりたくないだけなのかを聞き分ける勘だ。役に立つ場面はある。ただ、その勘は、スライドの1枚目には書けない。
前職の年収は、いまの6割くらいだった。転職して増えたぶんで、僕は最初の年に腕時計を買った。18万円の、そんなに高くないやつだ。買った理由は「装備」だと自分に説明した。実際は、たぶん、自分がこちら側の人間になったことの証拠がほしかったのだと思う。いまも毎日つけている。センターのフロアでモニタリングをしていた4日間も、つけていた。オペレーターの方が、一度だけそれを見た気がした。見られた気がしただけかもしれない。それでも、その日は袖を少し伸ばした。
現場の人に嫌われたくない、と本間さんに言われたとき、僕がこたえたのは、たぶんそこだ。僕は、現場を離れたことを、まだどこかで後ろめたく思っている。後ろめたさは、共感の形をして出てくる。共感の形をしているから、自分では気づけない。
中間報告と、最終報告
中間報告で、僕はその1万9,000時間を出した。役員会の空気が、そこで変わった。それまで「現場のモチベーション」の話として聞かれていたものが、システム投資の話になった。金額に翻訳されると、議論の場所が変わる。これは、この仕事の身も蓋もない真実だと思う。
最終報告までに、施策は9本になった。二重入力の解消、解約の引き止めスクリプトを3段階から2段階に短縮、シフトの組み替えで昼のピークに人を厚くする、研修期間中の受電を段階的にする。
一つだけ、僕が最後まで抵抗した施策があった。オペレーターの評価指標に、通話時間の短縮を組み込む案だ。数字の上では効く。ただ、これを入れると、しんどい電話を早く切るインセンティブになる。前職で、接客時間の目標を店舗に降ろしたときに何が起きたかを、僕は知っていた。
僕は反対した。反対して、半分だけ通った。指標には入ったが、単独では評価せず、応対品質の評価とセットで見る、という形になった。折衷案だ。折衷案が現場でどう運用されるかは、運用する人次第で、そこはもう僕の手を離れる。
応答率は、最終報告の時点で84.1%まで戻っていた。目標の90%には届いていない。
後記 ―― 半年後の、応答率
半年後、フォローで一度だけセンターに行った。
モニタの右側の数字は、88.6%になっていた。二重入力の解消は、システム改修が終わって稼働していた。後処理時間の平均は、2分1秒。1分17秒縮んだ。
離職率は、46%が41%になっていた。5ポイント。良くなったのか、誤差なのか、判断がつく期間ではない。センター長は「採用が少し楽になりました」と言っていたが、その年は求人倍率そのものが下がっていた。僕たちの施策の効果と、市況の効果を切り分ける方法を、僕は持っていない。持っていないまま、報告書には「離職率5ポイント改善」と書いた。書いた文字は、たぶんこの先も一人歩きする。
沖田さんは、まだSVをしていた。「磯貝さん、あのときの10人分の話、いまも会議で使ってますよ」と言われた。使われているなら、よかった。
3週間、僕が愚痴を聞いていた十数人のオペレーターのうち、何人が残っているかは、聞かなかった。フロアを歩いたとき、顔を覚えている人は、3人しかいなかった。3人と目が合って、会釈をした。あとの人たちが辞めたのか、シフトが違うだけなのかは、分からない。分からないままにしておいた自分を、うまく責められない。
僕はいまも、現場に入るのが好きだ。前職の経験が役に立つ場面は、実際にある。ただ、あの3週間以来、フロアから帰るときに一つだけ自分に確認する癖がついた。今日、「分かります」を何回言ったか。多い日は、たぶん、何も持って帰っていない。
その確認をしたところで、次に現場に入れば、僕はまた「分かります」と言う。言わないでいられるほど、器用ではない。せめて、言ったあとに「それ、何分かかってますか」と続けられるかどうか。
帰り際、天井のモニタをもう一度見た。右側の数字が、88.6から88.5に変わった。1本、取れなかったということだ。誰かが、かけて、待って、切った。30秒後にはまた戻っているのかもしれない。エレベーターが来たので、僕はそれ以上見なかった。見ないで済ませられるのが、外から来た人間の立場だ。
この体験記はフィクションです。実在の企業・案件・人物とは関係ありません。
しかし、あなたが経験するであろうコンサルライフに、限りなく近い何かかもしれません。